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    <title>日本農村力デザイン大学</title>
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    <updated>2010-02-12T06:54:10Z</updated>
    <subtitle>NPO法人農村力デザイン研究所主催のセミナー、農村力デザイン大学公式ページ。有機野菜など日本の農業だけでなく、農村の持つ力、私たちのライフスタイルデザインまで、幅広い研究テーマで皆さんとともに考える場をご提供しています。</subtitle>
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    <title>２０１０年２月学期のスケジュールと申込み</title>
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    <published>2010-01-31T06:51:13Z</published>
    <updated>2010-02-12T06:54:10Z</updated>

    <summary>多様な命との共生・循環として食を捉える ～食の自給と自律的な農のあり方暮らし方～...</summary>
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        <category term="キャンパス案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<h3>多様な命との共生・循環として食を捉える</h3>
<h4>～食の自給と自律的な農のあり方暮らし方～</h4>
<p>
自給率や農政を批判するまえに、自分の食卓の自給率を考え、行動する。政治に頼らず、自律的な暮らしで社会を変える自覚と意気込みが試されている今日、つくる人と食べる人、多様な生物との共生という新たな関係を考えていきます。
</p>

<ul>
 <li>平成22年2月12日（金）13：30～2月14日（日）13:00</li>
 <li><a href="http://www.c-nord.com/campus/201002.pdf">詳細はこちらからダウンロード可能です。（PDF）</a></li>
</ul>]]>
        
    </content>
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    <title>２００９年１１月学期のスケジュールと申込み</title>
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    <published>2009-10-29T14:41:54Z</published>
    <updated>2009-10-29T14:47:09Z</updated>

    <summary>農と食から考える自律型市民への第一章 ～グローバル化に負けない食業選択の自由と食...</summary>
    <author>
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    </author>
    
        <category term="キャンパス案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="グローバル" label="グローバル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<h3>農と食から考える自律型市民への第一章</h3>
<h4>～グローバル化に負けない食業選択の自由と食卓の自治～</h4>
<p>
グローバリズムをそのまんまてんこ盛りにした食卓や弁当を前にして、"なんとく不安"に駆られ、怯える日常から、実情を知り、自分で判断し、食の、さらに暮しや命の安全保障を獲得していく。そんな自律型市民としての第一楽章を奏でいと思います。
</p>

<ul>
 <li>平成２１年１１月２１日（土）１３：００～１１月２３日（月・祝）１３：００</li>
 <li><a href="http://www.c-nord.com/campus/200911.pdf">詳細はこちらからダウンロード可能です。（PDF）</a></li>
</ul>]]>
        
    </content>
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    <title>第５期（２００９年）のスケジュール</title>
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    <published>2009-07-25T15:20:07Z</published>
    <updated>2010-02-12T06:56:04Z</updated>

    <summary>９月学期 - 地産地消エネルギーで目指すこと 日程 19(土）　20(日）　21...</summary>
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    </author>
    
        <category term="キャンパス案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<h3><a href="200909.pdf">９月学期 - 地産地消エネルギーで目指すこと</a></h3>
<h4>日程</h4>
<p>
19(土）　20(日）　21(祝）
</p>

<h4>暮らしの自給と自律に向かって</h4>
<p>
私たちの身の回りや地域には手つかずのエネルギーが数多くあります。が、利活用の技術や仕組み作りは、まだ始まったばかりです。化石燃料に頼るのではなく、身近な自然や資源からエネルギーを自給し、自律的な暮らしとは、を考える第一歩を踏み出したいと思います。
</p>

<p>
<a href="200909.pdf">９月学期の詳細はこちら</a>
</p>


<h3><a href="200911.pdf">１１月学期 - 農と食から考える自律型暮らしと社会参画</a></h3>

<h4>日程</h4>
<p>
21(土）　22(日）  23(祝)
</p>

<h4>グローバル化時代の独立市民への第一章</h4>
<p>
地場・国産食材を守ることがなぜ大事なのか。グローバリズムに振り回されず、農と食を中心に明日の暮らしと社会への関わりを考える。晩酌から始まる"食の未来"への第一歩とは。ユニークな取り組みを通して学んでいきます。
</p>
<p>
<a href="200911.pdf">１１月学期の詳細はこちら</a>
</p>


<h3><a href="201002.pdf">２月学期 - 多様な命との共生・循環として食を捉える</a></h3>
<h4>日程</h4>
<p>
12(金）　13(土）  14(日)
</p>

<h4>食の自給と自律的な農のあり方</h4>
<p>
自給率や農政を批判するまえに、自分の食卓の自給率を考え、行動する。政治に頼らず、自律的な暮らしで社会を変える......自覚と意気込みが試されている今日、つくる人と食べる人、多様な生物との共生という新たな関係を考えていきます。
</p>
<p>
<a href="201002.pdf">２月学期の詳細はこちら</a>
</p>



<h3>４月学期 - 命に向き合って毎日を生きる</h3>
<h4>日程</h4>
<p>
16(金）　17(土）　18(日)
</p>

<h4>心と体の自律に必要なものとは</h4>
<p>
土・農・食によって支えられる命を正面から考えます。命に向き合って生きるということ。自分の体と心を自分で大切にし、育て上げるということを、学びます。
</p>


<h3>７月学期 - 「見えない時代」の明日を考える</h3>
<h4>日程</h4>
<p>
17(土）　18(日）　19(祝)
</p>

<h4>不安、喪失から希望へ踏み出す</h4>
<p>

先の見えない時代に直面して、明るい未来を迎えるには。人と社会といかにつながり、自在な暮らしをデザインするかを学びます。そして、希望をもった実践に向かっての仲間作りを考えていきます。
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>講義抄録（4月）：島村菜津さん、千賀裕太郎さん</title>
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    <published>2009-06-11T16:01:13Z</published>
    <updated>2009-06-11T16:06:03Z</updated>

    <summary>小さな町の豊かさに学ぶ～イタリアのスローシティ・美しい村連合の試み 島村菜津さん...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
    
        <category term="講義録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<h2>小さな町の豊かさに学ぶ～イタリアのスローシティ・美しい村連合の試み</h2>
<h3>島村菜津さん（作家／スローフード協会世話人）</h3>
<p>
1985年からイタリアに通い出したという島村さんに、イタリアの最新事情と、スローフード発祥の国・地域が有する、「理念」と実践を、スライドを交えてお話しいただいた。公表前の情報ということもあって、本抄録では、極力差し障りのない範囲にとどめておく。講義に当たり、島村さんは「いま起こっている、世界的な経済危機は、スローフード人間には関係ない」と明言された。長年の伝統・蓄積に支えられた地域の、暮らしの確かさ、小さな町ゆえの豊かさを披露していただいた。<br />

（<a href="http://www.c-nord.com/pdf/094_summary.pdf">詳細はこちら・PDF版</a>）
</p>

<h2>地域の農村力をデザインする</h2>
<h3>千賀裕太郎さん（東京農工大学大学院教授連合農学研究科長）</h3>
<p>
農業と環境の問題や生態系について研究し、(財)日本グランドワーク協会理事や日本景観学会副会長を務められる千賀さんは、池田町の印象を、「とてもスッキリして、家がバカでかく、びっくりした。ゆったりと住んでいるなという印象を受けた。このようなしっかりした家は日本では珍しい。何にも代え難い地域力になるだろう」と開口一番語られ、ドイツを中心に欧州の農村の景観への取り組みとその成果、日本及びアジアの農村の景観に対する事情と環境などを講義いただいた。<br />

（<a href="http://www.c-nord.com/pdf/094_summary2.pdf">詳細はこちら・PDF版</a>）
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>講義抄録（3月）：地域資源循環型社会づくり</title>
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    <published>2009-05-02T15:02:36Z</published>
    <updated>2009-05-02T15:08:51Z</updated>

    <summary>～山形県長井市のレインボープランを中心に～ 菅野芳秀さん（アジア農民交流センター...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
    
        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<h3>～山形県長井市のレインボープランを中心に～</h3>

<p style="text-align:right;">菅野芳秀さん（アジア農民交流センター共同代表／農業）
</p>

<p>
2.8haの田んぼでコメをつくり、1000羽の鶏を飼っている菅野さんは、長井市の「台所と農業をつなぐながい計画」（レインボープラン）策定から実現まで中心となってこられたお一人である。台所と農業をつなぎ、消費者と生産者が連携することで住民主体のまちづくり目指す。その根っこは命の「循環」である。さらにその命の源は「土」である。......と説く、生ゴミをツールとして、レインボープランはなにを目指すのか。
</p>

<p>
農業とは、土とは、命とは・・・講義とフィールドワークを通してたっぷりと熱く、菅野講座は展開された。
</p>

<h3>循環型農業へのこだわり</h3>
<p>
循環型農業の要は、1000羽の鶏で、その鶏から得られる糞が貴重。鶏の糞100羽分を1年溜めると、3反歩の田が無肥料となる。田畑と鶏が循環して、循環型農業にこだわって作物をつくってきた。循環型は生命系の根本である。生命系がおかしくなったのが、循環型農業に取り組むことになったともいえる。
</p>

<p>
環境を守るということは、循環を取り戻すことだと思う。
</p>

<p>
192.1センチ、103キロの大男（菅野さんご自身）が立っていられるのは、循環系が休み無く回っているからで、滞ったら倒れてしまう。生きている循環系が巡っていること、循環系が機能しているから、生きているのだ。
</p>

<p>
地球もまた、水は地球規模で循環している。有機物の循環は、土に戻り、葉が茂り、落ちて、土に・・・と、いろんな循環が地球規模で巡っている。
</p>

<p>
循環して吸収しきれないもの、Co2とか、地球の呼吸機能で処理しきれないことで、温暖化がはじまっている
</p>

<p>
大事なことは足元、自分の家庭の中で循環を阻害することをさせないことだ。循環系農業にこだわって、百姓として暮らしてみて、実感するところである。
</p>

<h3>森をお師匠さんにして</h3>
<p>
（地元の）朝日岳連峰に行くと、木々、草、花・・・がある。葉が落ちて、腐食し、絶えず循環している。畑は連作障害を起こすが、山にはなぜ起きないのか。それは、循環があるなしに尽きる。循環型農家を自分自身にも、町全体にも広めたいと思った。
</p>

<p>
森の営みを町全体に拡大する―それが、レインボープランである。
</p>

<p>
長井市3千町歩の農地の9割が水田である。人口3万人、9000世帯のうち町に5000世帯が住んでいる。農業以外には、製造業が盛んで、東芝の城下町と言われてきた町が、いま経済に難儀している。経済ではワースト11位というが、東北全体を視野に入れた、住みやすい町の第1位に（長井市の）朝日町が選ばれた。
</p>

<p>
生ゴミ収集は町中の5000世帯を対象に100％が参加している。生ゴミは好気生発酵で、いい資源だが、9割が水であり、これを水切りバケツで台所から取るようにしている。
</p>

<p>
生ゴミ収集は①ゴミの分別がいい②持続する、ということがなくては事業化にならない。
</p>

<p>
「人はふんべつ、ゴミはぶんべつ」で稼動して11年。実際に収集している人は、6名で、そのうちシルバー人材センターの人が5名。
</p>

<p>
生ゴミがいいのは、これに蓄糞を混ぜると肥料効果を高める、肥料を期待せずに土づくりができる。多様な養分が含まれ、堆肥として一級であり、もったいないことに、レインボープランに取り掛かる前は、これを燃やし続けていた。
</p>

<p>
レインボープランによる作物は米や特別野菜があり、参加農家は50～70代のお父さんが多いが、米は若い人たちがつくっている。レインボープランを扱っている米屋には幟を建てており、野菜は"本日のレインボープラン野菜"を掲示するなどしている。
</p>

<p>
加工食品は、クッキー、納豆、豆腐、酒、まんじゅう、コロッケなどをつくり、「長井ラーメン」を開発した。
</p>

<p>
このような活動で、いままで現場の農地と加工業が離れていたが、レインボープランで両者はくっついた。直売所を開設し、市内に作物を戻すのみでなく、市民参加の発祥地にもなっている。結びつけているのは2つのNPOで、一つは、市民市場「虹の駅」、もう一つは市民農場。市民市場では、30名弱の市民スタッフが交通費500円のみで、午前と午後に2名ずつ、町づくりに自分たちも参加したい、ゼニカネのことでなく手伝いたい人が、参加し、運営にあたっている。市民農場では、40名くらいの市民が参加し、農作業を行っている。
</p>

<p>
消費者も生産者もなく、みんなで力を合わせて農業をやり、直売所を経営している。直売はスーパーの一角にも、農協にも品物をだしている。
</p>

<p>
また、「米作り体験学習田」では、3000名が学んでいる。学校給食はすべてご飯給食で、季節の野菜を提供し、少なくとも半分くらいの地域自給したいと思っている。
</p>


<h3>どこにもモデルがなかった町づくり３つの理念</h3>
<h4>１．循環</h4>

<p>
町が村を、村が町を支える、生産者と消費者が融合する町づくりを目指した。レインボープランに着手しようとした20年前には、「リサイクル」という言葉はあったが、「循環」という言葉はなかった。それでも、長井では「循環」と言ってきた。人間の居住空間をつくるのが、持続可能の基礎であるとした。
</p>

<p>
命脈打つ空間。役割転換、生産者から消費者への一方通行ではなく、循環システムをつくろうとした背景は、役割の転換が大事だと思った。終わりは始まりであり、始まりの終わり。生産と消費の融合が、町の消費者は生産の始まりで、娘が嫁に行って帰ってきたような感覚で、循環を捉えたい。
</p>

　
<h4>２．共に</h4>

<p>
市長といえども、生ゴミを持って収集所に向う。世代交していく仲間として、イコールの関係で、地域のことを分かち合う。
</p>

<h5>＜地域100年の前の平等＞</h5>
<p>
100年先、200年先まで持続していく、町の運営が大事だ。人々が「ゆったり暮らし」、「ゆったり終われる」を保障していく。人間が基本的に生きて暮らしていく空間を、どう保障していくか、100、200年先の観点でも耐えられる町をつくろうということだ。
</p>

<h5>＜生命資源の平等＞</h5>
<p>
業種の違いを超えて、市民が一緒になって考えよう。行政も、市民も、みんなが地域の生活者ということだ。行政主導じゃぜったいダメ。
</p>

<h5>＜情報公開が原則＞</h5>
<p>
形ばかりの市民参加でなく、決定を分かち合う、市民の声を聞いて行政が決めるのでなく、「市民」が決めていく。これまでは縦軸として国―県―市町村―住民があった。パイプが太いと金、仕事が下りてきやすい構造があった。そこには、公共事業があり、陳情・嘆願があった。が、循環型社会は、住民参加、一人ひとりの自発性、横軸が基礎となる。商店街は自発的に回らないとうまくいかないし、自分の田は自分で自発的に回さないといけない、というのを基礎にする。共にイコールの関係で議論し、決定するのが大事。
</p>

<h4>３．土は命のみなもと</h4>
<p>
土はたくさんの命があるのが、やすらぎ、可能性と未来、健康となる。
</p>

<h5>＜地域社会と地域農業＞</h5>
<p>
町と村を分けると、村の作物は、町の頭を越えて、都会とつながろうとしてきた。町のスーパーに村のものが並んでいない。町の消費者は、村のもの以外のものを食べてきた。村は緑の風景でしかなかった。
</p>

<p>
新しい社会的な交流に、田舎の豊かさは活かされていない。町と村が結びつくことで、田舎の豊かさが活かされる。地域を地場のもので満たす力。地域のものを町の人も食べるという関係が大事。
</p>

<p>
田畑を生ゴミの捨て場にするのか、農（食）への町からの参加にするのか。全国からいろんな視察者が来るが、大方は、ゴミの処理方法として視察にくる。ゴミを燃やすのでなく、田畑に捨てられるならこんないいことはない、というかんじだ。気持ちとして分かるが、全く筋が違う。
</p>

<p>
町から農へ、土への参加なんだ。
</p>

<p>
循環型社会への、参加なんだ。
</p>

<p>
土は命のみなもとを、町づくりの理念とすることだ。
</p>

<p>
生ゴミによる循環型社会づくりは、食糧政策、環境政策、住民自治、でもある。
</p>

<h3>市民から生まれ、市民が育てて</h3>
<p>
環境保全型農業は11年前から取り組んでいる。レインボープランの作物はいつでも食べられる。地域の土を豊かにして、きちんとした作物をつくって、分かち合う。健康で、寿命をまっとうする。命がなによりも尊ばれる町をしっかりやることが大事だ。レインボープランはここから始まる。ここを基点としている。
</p>

<p>
ゴミ"処理"としての生ゴミじゃない。資源として活用しながら、未来を豊かなものに切り替えていこうというものだ。
</p>

<p>
1980年代の終わりに、100人の市民に手を上げてもらい、集まってもらった。さらに主要なメンバーが集まり、「いい町づくり委員会」をつくり、「町に恋して」（報告書）にまとめ、前々市長に提出した。報告書を提出したとき市長は代わった。前市長を否定する市長は、委員会も「町に恋して」も封印したままにした。前市長のためでなく、町の未来のためにやったのだからと言ったがうなずかず、ここからが闘いだった。
</p>

<p>
もう一度市民にかけなおそう。解散といわれた市民から市民に訴えていった。町を構成する主要な人や団体に呼びかけ、検討して、市民に働きかけようとした。
</p>

<p>
行政は正しい提案だから動くのではなく、多数の意見だから動くところ。行政が動きやすいように、主要な人、団体、特に女性団体に話を持っていった。
</p>

<p>
市民からうまれ、市民から市民へ、中核団体へと強固にできたところで、行政へ働きかけ、農協へ働きかけた。人間ドラマに満ちた10年間だった。
</p>


<h3>頑張った４つの条件</h3>
<p>
ある人が、「この地域は誇りです。レインボープランがあるから」というのを聞いたとき、やったー！　と思った。
　頑張った4つの条件がある。
</p>

<ol>
<li>野心を持つ ― 野心は個人の利益。変わってもいいから、一つだけ青写真を描いて何度も反復すると、向っているから答えは出てくる。</li>
<li>志を持つ ― 志は社会の利益のため。</li>
<li>笑顔 ― 夢は、理念は、笑顔とともに話す。笑顔で語れるよう血肉化すること。</li>
<li>誠実さ ― 誠実さを土台に乗せていかないと、説得力はない。誠実さは夢の実現に大きな力となってくれる。</li>
</ol>

<h3>そして、　ばかになれ。</h3>
<p>
小利口ばかりしか生まれないから、これが日本の限界をつくってきた。日本の百姓が明治維新をつくってきたのだ。いまは、大ばかやろうが生まれてこないのが問題だ。
</p>
<p>
自信を持って大ばかやろうになろう。
</p>

<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>
]]>
        
    </content>
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    <title>講義抄録（3月）：食糧危機と食の不安はなぜ起きたのか</title>
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    <published>2009-05-02T14:27:14Z</published>
    <updated>2009-05-02T14:43:36Z</updated>

    <summary>～ グローバリズムから地域へ 天笠啓祐さん（ジャーナリスト／市民バイオテクノロジ...</summary>
    <author>
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        <![CDATA[<h3>～ グローバリズムから地域へ</h3>
<p style="text-align:right;">天笠啓祐さん（ジャーナリスト／市民バイオテクノロジー情報室代表）</p>

<p>
食のグローバル化と、遺伝子組み換え作物の危険性に早くから取り組み、ジャーナリストとして、「市民バイオテクノロジー情報室」代表として、研究と発言を続けてこられた、天笠さんに、食の世界を中心に今なにが起こっているのか、その危険性とはどういうことかを講義いただいた。
</p>


<h3>いま世界で何が起きているのか？</h3>

<p>
大量生産→大量流通→大量消費社会が崩壊をもたらし始めた。大量廃棄がもたらしたことはまぎれもない。石油の埋蔵量はあと半世紀くらいしかない。わずか1世紀で人類は石油を使い果たすということが、異常である。人類は後世をどう見るだろうか。きっと「あんなにひどい世紀はなかった」とみるのではないだろうか。
</p>

<p>
拡大することを前提とした経済は、下がるのは失敗とされて、右肩上がりを続けてきた。これがいま、行き詰まった。それはテレビ、冷蔵庫、洗濯機などの耐久消費財が行き渡たり、あとは買い替えしかない。あるものを捨てさせることで、新商品を買わせるしかない。その新商品開発が、90年代半ば頃から限界にきている。
</p>

<p>
企業も企業に勤めていた人も、世界中で金融商品へと手をだした。その結果、実態経済とかけ離れたバブル経済が膨らみ、再び右肩上がりを始めたが、このバブルにサブプライムローンという針が刺さった。金融バブルがはじけて、実態経済に影響を及ぼさないようにということだったが、実は逆で、実態経済がはじけて金融経済へいき、企業の生き残り策となり、その金融バブルが崩壊したのだ。しばらくは厳しい状態が続かざるを得ない。
</p>


<h3>民営化という危険な「解決策」</h3>
<p>
市場経済という、市場に委ねる解決法で、民営化＝民間企業に競争を委ねるという方法が取られようとしているが、それはとても危険な賭けである。
</p>

<p>
例えば、オーストラリアでは水は川から取水するが、川の水が減った。沿岸の農家がすべて川から取水すると共倒れになる。水が民営化し、ある農家は農業をやめ、代わりに水の販売を始めた。水の量が少なくなるほど、水利権で価格が高騰する。その結果、農家は水が買えなくなり、水の販売に転じた農家と共倒れするということがあちこちで起こった。
</p>

<p>
日本では例えば、新潟では企業（ゼネコン）が農業に参入してきたが、儲からなかった。すると金目のものを売り払って撤退したが、売り払ったなかには土もあった。で、企業が撤退した後、農業ができなくなってしまった。
</p>

<p>
企業が農業に参入してくることで、農業が活性化するということはない。むしろ民営化がいかに怖いか、ということだ。民営化に解決策を委ねるのは危険ということだ。
</p>


<h3>第一次産業の切捨て</h3>
<p>
WTOは全会一致方式でなかなか自由化が進まず、代わりにFTA協定がどんどん結ばれている。その中で、日本政府が相手国に求める自由化は自動車であり、相手国は日本に食料品を求め、その結果、日本は自動車を売って食料品を受け入れる構図になっている。
</p>

<p>
全漁連の人が言うには、鹿児島の漁師の平均収入は年250万円。ただし、魚を獲って得る収入は1家平均90万円。漁をした収入では生きていけない。残りは年金か生活保護であり、漁師から見ると、農家がうらやましいという。
</p>

<p>
その農家の時給は179円。格差社会の中、ワーキングプアを構成している圧倒的な割合が第一次産業である。これはグローバリズムがもたらしたもので、さらに言えば、日本政府の政策がもたらしたものである。
</p>


<h3>農漁業の窮乏と食の安全は同根</h3>
<p>
コンビニの和風幕内弁当の輸送距離を１つ１つの食材について出していったら、16万キロ―地球４周しているのと同じ―の旅をして、500円くらいの安値で売っている。日本は、世界の果てまで安いものを買いに行っている。
</p>

<h3>野菜は圧倒的に中国産で、中国に依存している。</h3>
<p>
冷凍餃子事件は、日本の生協が（中国の）天洋食品に造らせていた。天洋で働いている人の賃金をよく調べると、自給20～30円。現場で低賃金で働いているのは、圧倒的に農村から来ている人たちで、底辺を形成しているのが、中国の農民である。餃子事件が発覚して、その前に起こった食肉偽装のミートホープ事件とのつながりが見えた。ミートホープも生協がからんでおり、もう一つ、同社がからんでいたのが、冷凍食品メーカーのカトキチの事件。カトキチは中国でいちばん冷凍食品をつくっている。汚染米問題を起こした三笠フーズも、構造は同じである。
</p>


<h3>食糧危機の構造とバイオ燃料</h3>
<p>
洞爺湖サミット（G8）で、地球温暖化と食糧危機がテーマとなった。そこで議論となったバイオ燃料とは、バイオエタノール＝酒（トウモロコシ、サトウキビ、コメ、セルロース）が9割で、残りがバイオディーゼル＝油（ナタネ、大豆、パームヤシ）である。
</p>

<p>
バイオ燃料はいい燃料だと思っている。小さい規模でやれるし問題ないと思っている。が、ブッシュ大統領時代に、大量生産の仕組みを作ろうとして、一気に、環境問題として矛盾が出てきた。トウモロコシを栽培すると、農薬や肥料を使い、刈り取りに機械を使い、収穫したものを貯める、輸送する、いずれも石油を使う。１㍑の石油を使って、1.1㍑のバイオエタノールをつくるという、ほとんど意味が無い。
</p>

<p>
ブラジルはサトウキビでエタノールを作っているが、1㍑の石油で7.6㍑をつくり、うまくいった。なぜか。トウモロコシはデンプンであり、いったん糖にして発酵させなくてはならないが、元々糖であるサトウキビやテンサイはそのまま発酵させるので、効率がいい。
</p>

<p>
日本は、バイオエタノールで援助するとしたが、バイオ用作物の引き取り価格は30円だという。農家にとってとても採算の合う価格じゃない。なぜこんなに安いかというと、石油との価格競争で30円の値が出てきたという。日本の全農地でトウモロコシを植えて、エタノールを作ったとして、できるのは1千万ｷﾛﾘｯﾄﾙ。年間1億ｷﾛﾘｯﾄﾙの10分の1しかできない。全農地を使って1割のバイオ燃料を生産しても、それが食糧危機につながっていく。
</p>

<p>
環境問題の解決にならず、経済性が合わず、新たな環境破壊を招く可能性もある―バイオ燃料は効率も悪く、将来性がない。
</p>


<h3>遺伝子組み換え作物の現状</h3>
<p>
遺伝子組み換え作物（GM）は、アメリカが世界の生産量の3分の1を占めている。主な作付け国は、アメリカ、アルゼンチン、カナダ、ブラジルなど、北・南米中心を中心に広がっている。日本は作付けを認めてないが、世界最大のGM作物輸入国である。
</p>

<p>
主なGM食品は、トウモロコシ、ナタネ、大豆、綿の4種類で、食用油、油製品、コーンスターチなどだが、絞りかすを飼料や飼料用として輸入している。その中で、コーンスターチを一番多く使っているのがビールである。GMジャガイモは作付けされていたが、マクドナルドが使わないとしたところから、2002年からは作付けされていない。しかし、（米ウィスキーの）バーボンがGMトウモロコシを使わざるを得なくなってきている。
</p>

<p>
GM種子の最大手企業・モンサント社（米）は、米政府にプッシュさせてブラジルなど売り込みやすいところに売り込み、作付け地域・国を広げて大儲けしている。GM作物の中で半分以上を占める大豆はまだ作付け面積を伸ばしているが、中国の需要が急増しており、家畜の飼料として高値状態で取引されているために、ブラジル、アルゼンチンが大規模面積を拡大しており、ここにモンサント社が売り込んでいる状態である。
</p>

<h3>命の操作は人間の思い通りにならない</h3>
<p>
GM開発は1980年からで、あるものに他の遺伝子を入れるということでいろいろなものが開発されてきたが、実用化されたものは、除草と殺虫効果の2種類。
</p>

<p>
除草剤のラウンドアップは、植物を全部枯らす。そこで、このラウンドアップに耐える、耐性植物を作れば手がかからない。省力化とコストダウンが目的で、除草剤耐性GMを作って、雑草をラウンドアップで殺して必要な作物だけ育てるようにしたが、除草剤に耐える草（命）が生まれてきた。
</p>

<p>
殺虫には作物の中に殺虫毒素を持つ作物を開発し、作物自体が殺虫剤として農薬登録されており、殺虫剤を使わなくとも虫が死ぬ。これを食べるということは、すなわち農薬を食べるということになる。これを日本が最も食べているのである。
</p>

<p>
企業農業が多いアメリカでは、1戸当たり作付け面積は数百㌶が基準である。これにGM作物を使うと大コストダウンになり効果がある、というところでGMを使う。
</p>

<p>
自給率が低い日本は、一番GM作物を作っている国から輸入している、ということで世界で1番GM作物を食べている国であり、2番目は韓国、台湾となり、次に作っているアメリカ、カナダがGM作物を食べている。好対照なのがヨーロッパで、GMが流通していない。但し、日本製の味噌をドイツで買えば、出回ることになる。
</p>

<p>
現在、GM作物は、旱魃耐性をタバコで開発した。旱魃になるとタバコは本体を生きさせようと、葉と花を落としてしまう。葉が命のタバコは商売にならないため、水分が不足した際に葉を落とす仕組みに介入し、葉が落ちないようにした。こうなると葉は落ちなくなるが、生物の仕組みを変えてしまい、タバコとしてはかえって命取りになる。これは考え方の問題であり、経済優先で本来の植物の仕組みに加入することを考えなくてはならない。
</p>

<p>
流通目前のGM動物としては、最初に魚が手がけられた。例えば、3倍の成長速度をもつサケがカナダから開発された。成長ホルモンをつくるDNA技術を使って、これを肝臓に入れた結果、3倍の速度で成長するサケが開発された。
</p>

<p>
クローン家畜は、体細胞クローン家畜を米の食品安全委員会が安全宣言をし、すでに流通しており、これが日本に入ってくる。クローンは死産、流産が多い。それも24時間以内に死ぬケースが多く、病気で死ぬケースも多く、生き延びない。
</p>

<p>
「安全性」を認め、異常が多いのは認めるが、一定期間生き延びたのは問題ないとする。はたしてこれが「安全」か。
</p>


<h3>ＧＭ作物の課題</h3>
<p>
GM作物のもたらす問題としては、生態系の破壊、食の安全への脅威、多国籍企業による種子支配などが挙げられる。
</p>

<p>
アメリカでは、トウモロコシと大豆を交互に植えていたが、トウモロコシの価格が高騰して作付け面積を拡大した結果、連作障害と害虫発生を起こした。そこで、（殺虫性トウモロコシ）Btコーンを拡大させたために、殺虫剤耐性害虫が異常発生し、さらに農薬を多量に使用すると言う悪循環に陥る、「負の連鎖」が発生している。
</p>

<p>
韓国の「農業新聞」によると、韓国の種子会社主要6社が、バイオテクノロジー企業に全て買収されてしまった。次は日本の種子企業が野菜のGM作物のターゲットに狙われている。多国籍企業はいまやそこまで来ている。
</p>

<p>
除草剤・ラウンドアップを用いた結果、植物全部を枯らすために、作物残留はなかったが、ラウンドアップ耐性植物（GM）は残留する。そのGM作物に用いる除草剤主成分を投与されたラットの実験結果によると、投与されたラットが噛み付くなどの・攻撃性・凶暴性を示す結果が出た。
</p>

<p>
こうしたさまざまな課題に対して、国の規制が弱いため、市町村が独自の規制に乗り出し、広がっているのが現状である。例えば、交雑混入防止について、首長の認可制などにしているが、国が規制していないものを、自治体が規制、禁止はできない。
</p>

<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>農村力デザインの生き方 - 2009年4月期</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/campus/200904.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2009://1.48</id>

    <published>2009-04-05T14:47:29Z</published>
    <updated>2009-04-05T14:57:16Z</updated>

    <summary> 暮らしの足もとを固めて歩み出そう スローフード、スローライフのスローは、「ゆっ...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
    
        <category term="キャンパス案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p>
<img src="../images/200904.jpg" alt="農村力デザインの生き方" width="500" height="233" />
</p>

<h2>暮らしの足もとを固めて歩み出そう</h2>
<p>
スローフード、スローライフのスローは、「ゆっくり」という意味ではなく、「本質を見つめる」という意味で考える必要があります。私たちの「生きる」を「スロー」な視点で考え、発表します。
</p>

<h3>講義概要</h3>
<ul>
  <li>農村力をデザインする」（仮題）</li>
  <li>「食は地域を元気にする」（仮題）</li>
  <li>今年の農村力デザイン実践計画発表へ</li>
  <li><a href="http://www.c-nord.com/pdf/chirashi200904.pdf">日程の詳細および受講申込書はこちらからダウンロードできます。</a></li>
</ul>

<h3>場所</h3>
<ul>
  <li>池田町能楽の里文化交流会館</li>
  <li>ファームハウス・コムニタ（夕食・宿泊場所）</li>
</ul>

<h3>受講料</h3>
<ul>
  <li>定員まで聴講生を募集します。料金は１０，０００円です。</li>
  <li>１日のみの受講は、１日５，０００円です。</li>
</ul>

<h3>申込先</h3>
<p>
910-2524　福井県今立郡池田町稲荷３５－２－１<br />
　　　　　　　　日本農村力デザイン大学事務局<br />
　　　　　　　　電話 0778-44-8100　FAX　0778-44-7771<br />
　　　　　　　　mail ikeda@c-nord.com<br />
</p>　

<h2>講師紹介</h2>
<ul>
  <li><a href="http://www.c-nord.com/koshi/shimamuranatsu.html">島村菜津（しまむらなつ）</a> 氏 - 作家、スローフード協会世話人</li>
  <li>千賀　裕太郎（せんがゆうたろう）氏</li>
</ul>
]]>
        
    </content>
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    <title>食の未来と食卓の自治 - 2009年3月期</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/campus/200903.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2009://1.44</id>

    <published>2009-03-01T16:21:52Z</published>
    <updated>2009-03-01T16:20:33Z</updated>

    <summary> エネルギー問題や食糧危機が、海の向こう側の話ではなく、いよいよ私たちの食卓の上...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
    
        <category term="キャンパス案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p>
<img src="../images/200903.jpg" alt="食の未来と食卓の自治" width="500" height="233" />
</p>

<p>
エネルギー問題や食糧危機が、海の向こう側の話ではなく、いよいよ私たちの食卓の上の問題になってきました。自分のおかなで現実を理解し、食べる現場である食卓からの変革を、私たちが実践します。
</p>

<h3>講義概要</h3>
<ul>
  <li>食卓を守るための基礎知識～限界点の食のグローバリズム</li>
  <li>地域資源循環型社会づくり</li>
  <li>農と食卓文化の自立に向けて</li>
  <li><a href="http://www.c-nord.com/pdf/chirashi200903.pdf">日程の詳細および受講申込書はこちらからダウンロードできます。</a></li>
</ul>

<h3>場所</h3>
<ul>
  <li>池田町能楽の里文化交流会館</li>
  <li>ファームハウス・コムニタ（夕食・宿泊場所）</li>
</ul>

<h3>受講料</h3>
<ul>
  <li>定員まで聴講生を募集します。料金は１５，０００円です。</li>
  <li>１日のみの受講は、１日５，０００円です。</li>
</ul>

<h3>申込先</h3>
<p>
910-2524　福井県今立郡池田町稲荷３５－２－１<br />
　　　　　　　　日本農村力デザイン大学事務局<br />
　　　　　　　　電話 0778-44-8100　FAX　0778-44-7771<br />
　　　　　　　　mail ikeda@c-nord.com<br />
</p>　

<h2>講師紹介</h2>
<ul>
  <li><a href="http://www.c-nord.com/koshi/amakasakeisuke.html">天笠啓祐（あまかさけいすけ）</a> 氏 -  ジャーナリスト、市民バイオテクノロジー情報室代表</li>
  <li>菅野芳秀（かんのよしひで） 氏 - アジア農民交流センター共同代表</li>
</ul>

<h2>３月学期申込書（ＦＡＸ：0778-44-7771）</h2>
<p>
■お名前（　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　）<br />
■ご住所（〒　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　）<br />
■連絡先（携帯・ＴＥＬ　　　　　　　　　　ＦＡＸ　　　　　　　　　　　）<br />
■出席の状況<br />
１日目　講義（出／欠）<br />
　夕食（要／不要）<br />
　宿泊（要／不要）<br />
２日目　講義（出／欠）<br />
　昼食（要／不要）<br />
　講義（出／欠）<br />
　夕食（要／不要）<br />
　宿泊（要／不要）<br />
３日目　講義（出／欠）<br />
　昼食（要／不要）<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>講義抄録（2月）：汗と努力が報われる社会を作る</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/lecture/2008/20090203.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2009://1.47</id>

    <published>2009-03-01T15:57:11Z</published>
    <updated>2009-03-01T16:08:54Z</updated>

    <summary>片岡　勝さん（市民バンク代表） 大学卒業後、大手銀行に勤務する傍ら、市民選挙に携...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
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        <category term="講義録" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p style="text-align:right;">片岡　勝さん（市民バンク代表）</p>
<p>
大学卒業後、大手銀行に勤務する傍ら、市民選挙に携わり、労働組合等の活動を行ってこられた片岡さんは、80年代半ばに銀行を退職。その後は前例のない起業家として、まず、プレスオールタナティブを設立し、新しい、価値軸や社会システムに関するニュースを世界に発信してきました。その一方で、途上国との対等な関係をつくり、継続的な仕事作りを目指して食品や民芸品などを輸入するフェアトレードの「第３世界ショップ」、地域の担い手となる起業家を応援する「市民バンク」、女性のための世界銀行日本支部「WWBジャパン」、これからの社会を変えるのは若者と女性だという自らの主張に基づく学生支援事業など、次々と事業を起こしてこられました。
</p>

<p>
行動は世界に及び、大学の講座では学生たちを新たな社会の起業家として、各地に送り込んでこられてきました。そうした中で重ねてこられた「コミュニティビジネス」の実践は、常に新機軸を打ち立て、地域社会にいかに活かすかを基調としてこられたようです。
</p>

<p>
旧来の価値観に囚われず打破せよ。国や行政に引きずられるな。管理せず、自主的・自発的であれ。地域が主役の時代だ。......と、熱気と活力あふれる講座は、14日午後の講義と、これを受けて受講生に課された「私のコミュニティビジネス・プラン」発表・コメントと2日間に及びました。ここでは、初日の講義抄録のみ記録しておきます。
</p>

<h3>自発性で働くとうまくいく</h3>

<p>
グローバル化のルールを作った人が報われる、自由を謳歌できる一方で、勤勉を馬鹿にした社会をつくった。
　アメリカがグローバル・スタンダードをつくってきたが、行き詰った。グローバル・スタンダードは日本も推進してきた。が、次にどうするか展望がない。オバマが出てきてアメリカを羨ましいと思ってはいけない。（日本版）"オバマ"が出る幕のない日本は、「農村力」から作り直すしかない。政府や自治体はやらない。
</p>

<p>
九州の黒川では自治体競争として予算に支えられて地域作りをやったが、予算がなくなると終わった。自分たちで自発的・内発的にやったことが生き残る。みんなが自分でやることだ。
難しくなくて、楽しくて、お金のハードルが低いところがいい。都市で起業しようとすると、コストが高い。
</p>

<p>
（片岡さんは最近）2年半農民をやっている。60歳を過ぎたときに、小さい事業をほとんどゆずり、残したのは、市民バンクくらい。会社は若い人に渡すと良くなる。社員のことは気にしない、放し飼いがいちばん。管理しちゃだめだ。
</p>

<p>
コミュニティビジネスは管理しちゃだめ。自発性で働くと、うまくいく。現在までに教えた大学卒業生が2千数百人、そのうち約１割・全国に２百数十人がコミュニティビジネスについたが、そのうち、自分で事業した人は二十数人。女性が圧倒的に多い。男性は言い訳が多い。女性は走り出すまで慎重で、走り出したら止まらない。男性は儲からないと辞めてしまう。女性は地域が大事だとか言いながら、帳簿を見ない、バランスを見られない。が、中心の７，８割は女性で、入ってくるのも女性が多い。コミュニティビジネスは生活ビジネスだから女性が多いのだろうか。
</p>

<p>
どういう人が入ってくるかというと、ゴールドマン・サックス（GS）に勤めたような人が来る。以前『週刊現代』で娘を就職させたい会社のランキングが出ていたが、GS、三菱UFJ、市民バンク・・となっていた。GSは儲けを言うが、管理をしない会社だ。
</p>

<h3>農山村から</h3>

<p>
北海道で"町内レストラン"を4か月で5軒つくった。なぜか。それは、百姓の問題であった。例えば117円で売っている野菜は、生産者には17円した入らず、あとは流通と料理人にいっちゃう。だから高く売れて使ってくれるところをつくりたかった。
</p>

<p>
行政が潰れていく。潰れていったところの砦をつくっていかなくてはならない。北海道は依存体質が強いところだ。北海道開発庁があり、金で成り立つ地域の体質で、"なんとかなるさ"と言ってるうちに、潰れてどんどん廃業していくところを、金がないのに、誰かが何とかしてくれると思っている。ところが政府は借金はつくるが、金は出さない。
</p>

<p>
一番の借金王である政府は、（年度末の）3月までに金をばら撒いている。（失業者が増加し、不安定雇用が問題なのに）持続的雇用にならない。が、百年先を見つめた政策的雇用を作らなくてはいけない。これを、農山村から言いたい。
</p>

<p>
石破茂（現・農水相）は、米の生産調整（減反）の「選択制」を言い出した。民主党は戸別保障を打ち出している。今まで調整金を使い、やる気をなくさせてきた。しかし、みんなで作らなくてはいけない。
</p>

<h3>社会をいかに機能させるか―を考えるのがコミュニティビジネスだ</h3>

<p>
パラグアイからメールが届いて、有機（オーガニック）の種子を仕入れてきたのでぜひやりたい。作付け契約をしてくれ、という。で、広さは？　と訊ねると６万町歩だという。　今、日本の政府がやっている大規模化の政策は、国際競争にはならない。それよりもっときめの細かいことをやらなくてはならない。
</p>

<p>
生産―流通―加工―消費のインキュベーション（羽化装置＝生み育てる装置）施設を地域につくった。八百屋にも農家自身が売る。携帯電話で売る実験も始めた。首都圏の高級スーパーとも組み始めた。消費者と直接結び付ける。消費者は農家まで足を運べば安くなる、なるべく消費者が汗をかくようにする。
</p>

<p>
毎年2000人くらいを農村に送っている「農村耕作隊」は、農産物の栽培・収穫に学生が時給制度で徹底的に働く。例えば山口県ではガーベラを学生が時給700円で刈り取りに行く。5時間で3500円だが、ガーベラ分を差し引いて給与をあげる。これは、努力する仕組み、中間業者を減らす仕組みである。
</p>

<p>
かつてキューバでは経済封鎖を受けてなにも入らない状態になり、国民1人当たり5kg痩せたが、乗り切った。
ハバナでは、180万人くらいの人々が都市農業を体験したが、その結果、20万人の人が、地方に移り住んだという。
</p>

<p>
今年1年は日本が変わる年だ。政府の機能がどうなるか。土地が大量に出た時に食糧をどうするか。こういうときに、（食糧を）どうやってつくるかが、コミュニティビジネス。
社会が機能しなくなったときに、どうやって機能させるか。行政が行き詰ったときに、どうやったら社会を支えられるかを考えるのが、コミュニティビジネスだ。
クルマの企業は技術が優れているから儲かっているというのは、嘘だ。円を安く安くすることで、輸出産業が儲かるようにしてきたのだ。
</p>

<p>
金融危機にいたり、円が高くなると、豊田市の歳入は96%減少した。1つの企業に依存すると危ない。内需型経済にしなくてはいけないとみんな言ってるが、そのイメージを持っているのは僕ぐらいだ。内需型経済とは、地域内での、福祉、教育、環境、食が内需をつくるということ。
　今、中国では内需型産業にものすごくシフトしている。日本はヨーロッパよりもアメリカよりもGDPが落ちている。予想をはるかに超えているのに、相変わらずの予想を言い続け、将来展望を持たない人が、金をばら撒いている。
</p>

<h3>セクター分野別に見てみる</h3>
<h4>行政セクター</h4>

<p>
ほとんどが機能不全。地域リーダーになっている例はほんとに少ない。もし、事例をつくればトップランナーになる。池田町が事例をつくれば広がる。みんながまねる。法律でつくろうとすると焼け太りする人もいる。
法律でつくろうとしても、ほとんどコストの割にパフォーマンスが悪い。
</p>

<h4>企業セクター</h4>
<p>
利益を中心とした社会は必要だが、それは自分の懐に入れるためではなく、地域に再分配するのが大切。時代のニーズに合ったことをやればいい。無駄をやらなければいい。「金の使い方を知らない人が金を儲けるほど危険なことはない」とドラッガーは言った。
金がないからできないことはなかったが、能力がないから、志がないから、事業はできないのだ。
</p>

<p>
＜社会貢献コース＞
</p>

<p>
島根の石見銀山の地域で、廃業旅館を学生がやっている。今、1年で5000軒の旅館が廃業している。すべてお客があるのに廃業している。主な理由は、動線が長い、階段が急などで、女将が歩けなくなった。が、島根は世界遺産になり、お客が来るようになった。
　廃業した島根の旅館を、教え子の山根多恵が"女将を1回やりたかった"というノリで、やってみた。で、半年で前年1年分を上回る実績を上げた。1年間やったので、今度は週休4日制で、社会貢献をやってみたいと、金・土・日しかやらないことにした。月～木は畑をやって、仕入れも集中し、効率的になった。
　農園をやったので、近くの農家とも仲良くなった。95歳の新規就農者の農作物も、あそこでは買ってくれる。できた農作物は、JAより高く買い続けているので、どんどん作付面積が増えてきた。
</p>

<h3>分かっている人と突出していく</h3>

<p>
また、作付面積だけでなく、価値をつけて出すということも始めた。例えば、タケノコはそのままでなく、湯がいて出す。値段は、JAで聞いたり、農業新聞で景況を見て、自分で値付けをする。湯がいて出せば、4倍くらいの値段になるので、みんな湯がいてきて、その場で支払われるので、現金収入になる。
</p>

<p>
支払いも昔はこっそり支払っていたが、2年半かけてオープンにやるようになった。あまり高くすると売れないので、市場性をつけて売るようになった。その売り方も、携帯電話で買えるようにした。また、ITを使って、タッチパネルで自分で入力できるようにして、東京でも買えるようにした。すると東京の高級スーパーマーケットが面白がって取り引きをするようになった。
</p>

<p>
取り引きで大事なのは、おばあちゃんの笑顔。有機栽培か、無農薬かと聞かれたら、おばあちゃんの笑顔を見せる。
</p>

<p>
世界遺産である、石見銀山地域を竹が繁茂して壊し始めたので、今度は竹を切る運動をした。竹を切るコースでプラス5000円としてやったら、客が来てくれた。
世界遺産だからといって、ぼ～んと客を取って稼ぐというのはやらなかった。それで旅館業界から嫌われて、協会から脱退した。おかみの会からも嫌われた。イージーに15％ピンハネする旅行業者もすべて切った。イージーな人たちは人生の軸がないつまらない人が多い。この人たちのために時間を使うのもやめようと言ったら、JTBが客として大挙してやってきた。基本は<br />
　・常識とは付き合わない<br />
　・古い体質とは闘う<br />
ことだ。すると、最初は、行政も含めて、よってたかってスポイルして、追い出しにかかってきた。が、今では引き分けに。去年くらいから先祖伝来のものを渡さない、いや売ろうと意見が二分していた、25町歩の山を、最後は村で採決をして、売る派が勝って、自分たちの娘や息子を応援しようということになって、買わしてもらうようなった。
</p>

<p>
最初は追い出され、次に引き分け、そして今......。いいところ、分かっているところと、付き合うしかない。分かっている人と突出していくしかない。
今までの古い秩序、例えば大企業は上司に稟議書を書いて決済を仰いでいくというやり方では、活力がない。
</p>

<h4>内需経済とは</h4>

<p>
コミュニティビジネスは今から軸が変わる。（破綻したアメリカの）リーマンブラザースがやっていたのは、ローンを小口債券にして売り、その債券をまた売りという、「逆ネズミ講」で、だれも分からなくなってしまった。信用が信用を使って、実体経済の何百倍も膨らんだ信用膨張のあげくだった。それは返せない金でも頑張った、アメリカのグローバルスタンダードであった。
</p>

<p>
が、自然はそうはいかない。内需経済とは、エネルギーや食の自給自足を達成していくことだ。これからの事業としては、農林酪魚をすべてやりたい。農業は始めたが、タンパク質のことを考えると、漁業をやりたい。海をきれいにするためにも、貝の養殖をやりたいし、雑魚が多いのを選別して、小さい魚を逃がす仕組みをやらなくてはならないだろう。エネルギーは電力会社に頼まないで、自給していく。
</p>

<p>
これら１つ１つの事業として、地域全体でのシステムとしていくように、提言し発言していくのも、コミュニティビジネスではないか。
</p>

<h4>ルールは自分たちでつくる</h4>

<p>
努力すれば良くなった時代は20年前に終わった。それまでは頑張れば良かった。12時間労働や家族で交代に夜も寝ずにやれば良くなった。が、中国の17倍もの賃金の労働力は、（自分の手足を食うような）カニバリズムでは追いつけない。輸出も難しくなって、頑張リズムではだめになった。
</p>

<p>
もはや、旧来型の頑張リズムでなく、ルールを自分たちでつくらなければいけない。自分たちで農村をデザインしていい地域をつくっていく。
市民の良識、市民が判断し、豊かにならなくてはいけない時代だ。
</p>

<p>
世界のルールは、地域単位で自立していって、新しい内需型の事業を作り出していく競争になるだろう。それには、内側で回していく。行政やグローバル企業に依存していくのではなく、地域で回していくことだ。
</p>

<p>
農山村の力、一人ひとりの力が、どれだけ生まれてくるかが勝負だ。こういうやり方はアメリカもやろうとしている。ヨーロッパには自信がある。資本主義でも社会主義でもない、ガンジー主義だという、インドも乗ってくるだろう。これから怖いのは、ルールから外れる日本の左側にある大国ではないか。
</p>

<p>
市民の自発性と、市民がリスクを取る。自分たちの力で問題を解決し、必要なことを作り出していく。これこそが、日本が世界に発していくことではないだろうか。
</p>

<p>
霞ヶ関が使い始めた言葉は、生命力が無くなっていく。後追いではだめ。「コミュニティビジネス」という言葉ももう使わない方がいいだろう。自分たちでよりふさわしい言葉を探して、ルールを作り出していくことだ。
先を作っていくこと。エネルギーを加速させながら、摩擦エネルギーとして生命力を作っていくことだ。
<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>講義抄録（2月）：お客の立場に立って、町の賑わいを取り戻す</title>
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    <published>2009-03-01T15:43:38Z</published>
    <updated>2009-03-01T15:54:58Z</updated>

    <summary>手づくり総菜「じんべい」林多恵子さん 　 バイキング食堂で十分&quot;試食&quot;を 昼食時...</summary>
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        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p style="text-align:right;">手づくり総菜「じんべい」林多恵子さん</p>
　
<h3>バイキング食堂で十分"試食"を</h3>
<p>
昼食時間をややずらし、1時半に「じんべい」に集合。約40種はあるバイキング・メニューを各自思い思いに取り分け、十分にお腹が膨らんだところで、林さんのお話を伺った。
</p>

<p>
越前町織田（旧織田町）の「じんべい」さんは、剱神社前の商店街にある。かつて半分は饅頭屋さんを、半分は呉服屋さんを商っていたという林さんの実家を改装して、平成16年10月、祭りの賑わいの中、惣菜屋「じんべい」を開業した。東京で化粧品会社、レストランなどで仕事をされていたが、お母様が90歳近くなり、織田に転勤。
</p>

<p>
定年になって、自分のいちばん得意なこと、長いことしていたことなどを考え、いきついたのが料理であったという。自分だったらこんなことをしてくれたら嬉しい、という想いを基本に、総菜店を開業した。店名の「じんべい」は実家の屋号から。「ほかの名前をつけても地元では、じんべいの誰々で通るので」と。
</p>

<p>
少なくとも40品目は並ぶ惣菜を毎日、６～７割は林さん自身が早朝からつくる。自らを「住み込み店員」と称しながら年中無休、「ゴルフ場に行く気分で」取り掛かるそうだ。好きなゴルフを長年やってきたという林さんのユニフォームの決め手は、ゴルフのキャップ。スタッフの皆さんも、キャップをきちっとかぶり、若々しい活気があふれている。惣菜業が本命だが、食事時間は、バイキング方式の食堂として店内は大賑わいだ。というのは、デパ地下で買おうと思うと、味見してと言われる。で、気になるものを2，3種味見するといやな顔をされる。それなら、680円でいくらでも食べて試してもらおうと食堂にした。いろいろ食べて（味見して）、納得したら買ってもらう。その代わり残したら料金は倍いただく―がルールだ。
</p>

<h3>コミュニケーションを大切に</h3>

<p>
よく、儲かるの、大丈夫？　と言われるが、開業して5年経たので、大丈夫でしょう。
料理は手づくりなので手間がかかる。でも、昔つくっていた懐かしい味に合わせていこうということで手づくりにした。
</p>

<p>
スタッフは9名いる。みな子や孫がいて、自分の時間はあるが、子や孫のための時間も必要。年金もらったりリッチな人ばかりなので、ガツガツしてないと言われる。（ゆとりあるリッチなスタッフの雰囲気は）店の表情にも出る。
私のように定年後くらいの歳で始めると成功するのではないか。
</p>

<p>
儲けよりコミュニケーションを大切にしている。自分が黙っていると声をかけてくれない。今ではみんなが声をかけてくれるので嬉しい。
自分の家では「おいしかったよ」とはなかなか言わない。が、ここの店に来て、お客になってくれると、みな言ってくれる。
</p>

<p>
正月のお節も始めて5年になるが、大野市や勝山市からも注文があり、100個でやめたいが、今年も250個つくった。重箱の数だけつくり、あとは重箱が足りなくて24個は断った。その重箱は金沢の業者がつくっているエコ重箱で、口コミのおかげで広がった。
</p>

<p>
来店客も全部口コミばかり。メディアに出ても、取材に来てくれるだけで、宣伝はいっさいしない。ポスターや写真もつくったりしない。これらのコストは材料に響くので。地元で出した冊子（『FLOM』2008年10月）の創刊号で取り上げてくれた。そのとき取り上げてくれたお節の写真があるくらい。
</p>

<h3>行列をつくるより町を見て</h3>

<p>
土日の混雑時の待ち客には、劔神社に行ったり、歴史館に行ったりしてきてもらい、席が空いたら携帯電話で呼ぶようにして、できるだけ町を見てもらうようにしている。客席はテーブルと座敷を合わせて30席ほど。行列をつくるより、ゆったりと散策してもらうというのも、林さんが子ども時代の賑わいを戻したいという願いに叶っている。
</p>

<p>
企業秘密はありませんので、何でも聞いてください、という気さくな語りかけに受講生から遠慮のない質問が次々と飛び出した。
</p>

<h4>　Q　町の賑わいを取り戻したいということだが。</h4>
<p>
私が子供の頃はものすごい賑わいで、それが楽しみだった。が、35年くらい東京にいて帰ってきたら、あまりの寂れようにびっくりした。神社前の商店がみんな辞めて勤め人になっていた。都会に住んでいると田舎のことがすごく大切。昔のような賑わいを取り戻すのが私の目標。店を出したら、お客さんが神社にお参りしてくれて、神主さんも喜んでくれる。
</p>

<p>
「じんべい」以外に集客する店がないので、あと2、3軒（集客できる店が）あると町も活性化するのではないか。お客によく紹介するのは温泉だが、第三セクターやっているので、欲が無く、赤字が出ても平気で活気がない。1軒だけで頑張っても賑わいは取り戻せない。
</p>

<h4>Q　店を大きくするとか、数を増やすなどの"成長"を考えていますか？</h4>
</p>

<p>
身の丈に合ったものでなくてはだめ。武生や福井市に出しても、みんなが来てくれない。家賃もいらないここ（自宅）がいい。
</p>

<h4>Q　スタッフは何人？　食材の調達は？</h4>

<p>
スタート時のスタッフがそのままで、2人増えただけ。現在は9名のスタッフでやっている。抜けた人はいない。町のシルバー人材センターの人材で始めた。給与に5％の手数料がいるので、月にだいたい３～4万円を町にお金を落としている。成功したのは、人材に恵まれたこと。
食材の調達は、夏は2反歩（自前の畑で）つくって間に合う。冬は鯖江市の青果店が市場で競り落したものを購入。また、インターネットで問屋が250社ほど集まっている会員制のネットワークがあり、そこで販売している商品を見て、自分のところであったニシンなどの材料を注文する。
</p>

<h4>Q　食材は地元にこだわっているのか。</h4>

<p>
地元のものがいいと思ってはいない。それより旬のものをより早く食べさせてあげたい。例えば、ナスは高知産のものを使ったり、ゴーヤは沖縄のものを使うなど、インターネットで注文すればなんでもとれる。年間6万円の会費を払って合うかどうか別だが。
</p>

<h4>Q　味付けは？</h4>

<p>
私（林さん）個人の味付けかも。私自身がいろいろ食べた経験を活かしている。―東京で仕事をしていた林さんは、醤油はキッコーマンしか使わなかったが、スタッフから、福井でやるなら町民は土地の醤油に慣れていると言う意見があり、スパッと切り替えて農協で売っている醤油に代えた。関東の醤油は福井に比べて辛い、のでと―。
</p>

<h4>Q　残った商品はどうしているのか。どのくらい残るのか？</h4>

<p>
だいたい完売するが、残った場合は、従業員に惜しげなくあげる。揚げ物などはフライヤーでいつでもできるので、お客の顔を見て揚げたり、注文を聞いてその都度揚げたりしている。
</p>

<p>
お客が得をしたと思えるように
</p>
<h4>Q　営業時間は？</h4>

<p>
朝は10時から、夜は7時までだが、早く行かないとなくなるというので、お客は早くから来る。10時半にはランチのお客が入っている。遅れて来ると品物がなくなってくるので。
</p>

<h4Q　来客数及び、どんなお客が多いのか。
</p>

<p>
1日多い日で200人。平日だと120～130人。地元の人はおかずを買いに夕方や朝来られる。昼はだいたい車で1時間から1時間半かかる福井市、敦賀市、勝山などから来られる方が多い。マスコミで取り上げられたから。来たお客からはご自身のブログで宣伝してくれる。検索してみたら、自分の店がずらっと出てきて驚いた。単なる口コミだけではこんなに広がらないだろう。
</p>

<p>
県内情報誌『うらら』に載るので、若い人も多い。メニューは、初めて食べたという人はいないが、久しぶりに食べたという人は多い。ビールの売り上げはものすごく少ない。最初はビールは置かなかったが、 "食前酒"にビールをという人が多く、食事を（食卓に）置いておいて近くの店に買いに行く人が少なくないため、置いた。酒は総菜屋なので置いてない。
</p>

<h4Q　なぜ、バイキング方式にしたのか。</h4>

<p>
（40品目もつくって、食べ放題では）数字をはじくと合わないが、ここで食べてもらうというより、惣菜を売る店なので、総菜が売れればいい。買った人からクレームを受けるのが嫌なので、食べてもらえば嫌なら買わない。だからいろいろお試ししてもらって、納得して買ってもらうにはバイキングがいい。食べてみて、よかったら買ってください、ということで、魚に撒き餌をやるのと一緒。自分の食べる分を自分で取り分けるから、ご飯もおかずも残さないのがいいところだ。セットを組んで出すと、気に入らなければ1品は残すかもしれない。好きなものを取ってるから文句もない。お客が得をしたと思ってくださらないと来ていただけない。
</p>

<p>
競争相手は自分、自分に負けないこと
</p>

<h4Q　起業するのに、資金はどれくらい準備したらいいのか？</h4>

<p>
資金は最低でも設備投資の半分は自分で持たなくてはだめ。あとは産業支援や商工会を頼ってもいい。自宅を改装するにしても、直接1級建築士に来てやってもらえば金がかかるが、県を頼ればその負担はない。売り上げゼロでも6ヶ月は持ちこたえなくてはだめ。
男性ができるなら女性でもできる。若い人ができて、年寄りができないことはない。
</p>

<h4Q　いちばん幸せなときは？</h4>

<p>
お客さまに、おいしかったよ、とか、車代をかけても来てよかった、と言ってもらえたとき。店を始めた冥利に尽きる。またやろうと頑張れる。
いつも自分が出すものを客の立場で考えて、これくらいなら惜しげもなく出せる。値段もこれくらいなら満足ということでやっている。
</p>

<h4>Q　今後の目標は？　継続の秘訣は？</h4>

<p>
店を大きくしたり、店舗を増やすことは考えていない。現状維持。規模を大きくするだけの材料がない。送ってくれと言われるので、インターネットで販売をしたい。柏崎市の奥さんが頑張って、インターネットで1億3千万円くらいの売り上げをしたが、私もまだ挑戦する道があるかなと思い挑戦してみたいが、日々の仕込みに追われて現在はできない。
</p>

<p>
継続するには自分に負けないこと。競争相手は自分しかいない。自分に勝つのはすごく難しい。勇気を振り絞って、例えば、朝何時に起きると決めたら、決めたことを守る。睡眠はだいたい４，５時間だが爆睡するので十分です。
</p>
<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>講義抄録（2月）：人・モノ・知恵を結んでつくるコミュニティ</title>
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    <published>2009-03-01T15:28:42Z</published>
    <updated>2009-03-01T15:39:54Z</updated>

    <summary> 見谷春美さん（有限会社見谷ナーセリー専務取締役、有限会社ファームビレッジさんさ...</summary>
    <author>
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        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[
<p style="text-align:right;">見谷春美さん（有限会社見谷ナーセリー専務取締役、有限会社ファームビレッジさんさん副代表）</p>


<p>
今日（2月14日）が誕生日で58歳になりました。開口一番、こう切り出されて始まった、見谷さんの講義は、越し方、看護士としての経験が、農と出会い、「食」＝体＝命を中心の事業に取り組まれることの基本となっていること。命を育むことの視点、科学的な理解の大切さを学ばせていただきました。
</p>

<p>
看護士となり、県立病院で外科系統を一貫してこらた見谷さんは、救急病棟での激務は「体が燃えるほど面白かった」とか。切断された足を運んだときの重さ、本人の意思によらず、生を伝える脈拍の鼓動、ぴくぴくと動く内臓、美しいピンクの諸機関・・・・。<br />
農家へ嫁いで37年。看護士体験のおかげで百姓が務まっている、そうです。
</p>

<h3>農との出会いから</h3>

<p>
里山を持った農家で生まれ、川のせせらぎを聞き、薪拾い、スンバ拾いをし、春先の芽欠き、おやつは人よりいかに早く取って食べるかなどを、子どもの頃にやってきた。
</p>

<p>
農家と農業は、まるで様変わりした。夫が一匹狼でやっている専業農家に嫁いで、回りからは"なんで看護士やめるの"と言われた。かつては農業は、やれ農薬や、やれ肥料やと、ただひたすら収量を上げる私利私欲でやってきた。それが15～20年くらい前から、土をダメにし、虫もある種のものがいっぱいいて、朝ハウスに行くとキュウリがドロンと下がってそこにダンゴ虫がびっしりとついていて、......農薬やっても効かなくなった。
</p>

<p>
農薬はまず呼吸器系を攻撃して殺す。だから生きているものがすべて死ぬのかと思うと死なない。ナメクジは呼吸器があるのに、死なない。農薬をまくとじゃーっと小さくなって、しばらくすると水を吸って大きくなり生き返る。
</p>

<p>
呼吸器系を攻撃する薬が減ってきたら、次に成虫が卵を産まない農薬、種が芽を出さない除草剤と、緩慢な効き方だが、いずれ無くなるものになった―これは私たち人間の体に影響はないかと思っていると、それ以上に大変なことが起ってきた。
</p>

<p>
例えば遺伝子組み換え作物（ＧＭ）が、新しい命に影響してくる。農業と農家の様変わりが起こってきていた。それは、<br />
①農業技術の様変わり、②流通の様変わり、③加工技術の様変わり、<br />
の3点に起こってきた。これには、私たちの先代の時代までは受け継がれてきた、何千もの姿を私たちの時代でコロンと変えてしまった責任を強く感じた。
</p>


<h3>手間を省いて失ったもの</h3>
<p>
良い悪いは半々あるが、何が農業や流通をそこまで追いやったのか。技術は何でそんんなに変化するのか。
</p>

<p>
人間社会のいちばんの欠点は、（何も）しなくてすめば楽チン、５つの手間が３つですめばいい、というのが物事をややこしくしているのではないか。昔はポットン便所で、木の桶に屎尿を入れて、荷車で運び、ケモノ道をかついで歩かねばならなかった。そのとき、桶の"つめ"がきちんとしてないと、ちゃぽんちゃぽんと屎尿が跳ねるのが嫌で、「そんな百姓をしたいのか」と言われた。が、（屎尿は）作物にとっては最高のごちそうで、これをやったのとやらんのでは、出来が違う。やれば喜んで大きくなるという物事の営みを、おばあちゃんから教わった。
</p>

<p>
新しい農業は、適宜肥料を設計し、1輪車に積んで、スマートにできた。おばあちゃんのとは違う。"自動や""バルブで開けてやるんや"......と、自慢した。楽になったが、その分10本植えて10個取れたものを、40本植えて50個取りたいという挑戦を農業の世界でやってくると、悲鳴を上げるのは土である。堆肥を入れるのは省いて、窒素・リン酸・カリだけでは土は死んでいく。フワフワの土でなく、水溜りに粉が浮く状態で、微生物の中でも嫌気性のものが増えていく（病気にならない好気性細菌は生きられない）。土の中は悪菌がいっぱいでウィルス菌が繁殖していく。工程を省いたが、失うものが多い。
</p>

<p>
消費者はベコベコのトマトより、丸いのがいいので、曲がったものは摘果して、丸いのをつくる。赤いトマトが好きな消費者のために、農家では店に並んだときに真っ赤になるように、1円玉くらいちょこっと赤味がさしたのを出荷する。こういう農業を蹴って、選果場へ持っていくのをやめ、赤く熟したのを自分で選果して出すようになった。
</p>

<h3>体が喜ぶ食べ物を</h3>

<p>
かつて仲買いや八百屋の目を気にして出荷したのを、今では消費者の顔色を見て出荷するようになった。視点が違うところにエネルギーを使っていた。なんで違ったんだという意味は、私たちの体にある。毎日食べているが、口に持っていくのは限られている。いっぱいある中で、選択して口にまで持ってくる。
</p>

<p>
私たちが食べ物を選ぶ物差しとは。何で判断して食べるのだろうか。それは、おいしいやろ、とか、好き嫌い、食べたい食べたくない、を頭の中で考えて、判断して、口に持ってきているのではないか。
</p>

<p>
ところが、体の中は、私たちの思いで動いているのではない。呼吸数や体温、器官のぐちゃぐちゃ動くさま、きれいなピンク色など、心臓が、胃が、ひとりで動いている。ときには胃や腎臓の調子が悪いのに、自分の好きだけで食べている。なんでこんなもの落ちてきたのか（と調子の悪い臓器は思っている）と、少しでも考えて食べてやる勤しみが欲しい。体に食べ物を入れるのは自分なので、体のために気にして入れてやると、体は喜ぶのではないだろうか。消費者は自分の選ぶ農産物に関わっていいのではないかと思う。
</p>

<h3>変わる農村</h3>

<p>
昔の農家は、家庭の中でのしきたりを元に付き合い方などを定められた。囲炉裏に足を突っ込んだらいかんとか、川におしっこをしたらいかんとか。また、山に向かって行ったときに木に対してしゃべったり、季節の草花、例えば山椒が咲く、マンサクの花が咲く、ショウジョウバカマが咲いたとか、山が紅葉してきてなど、生活はそうした季節に準じてきた。ウツギが咲いたら田植えをとか、フジの蔓が絡まる前に下草刈りをしようとか、皆でやることで育ってきた。
</p>

<p>
村でリーダーシップを取る人、脇役の人、阿吽の呼吸で決まっていた。そうした村の中での協力体制が、今日ではまったく見られない。かつては地主や庄屋などのおおやけ衆、小作などのこやけ衆と、上下関係ができていた。庄屋→地主→小作と、神事も村のできごとなどの地域のことも、この序列に従って動いていた。
</p>

<p>
今では、土地を持っている人は請負で出すようになり、生活は農協に託し、農村の普及から家電品の購入まで、何でも農協を頼るようになった。欲しいものは、必要ではなく、男は見栄で買った。あとは担当者との繋がりや付き合いで買った。とうちゃんには、農協で買うと黙ってるけど、デパートで買うと怒られる。農協でまとまった組合員のすごい結びつきができていった。<br />
　（見谷さんは）農協の女性部に入って、そんな農協のあり方を見直したいと思った。
</p>

<h3>あぜみちの会</h3>

<p>
自分たちの農産物の意義を高めようと、平成3年、県内農家の仲間たちで、「ファームビレッジ・さんさん」の前身・母体となる「あぜみちの会」を作った。現在では消費者も入り、自由な会員組織として、福井県内外で約3000人の会員がいる。
</p>

<p>
最初は、生産者が有機栽培をやりたい、昔ながらの自然栽培をやりたいが手がかかる......と言いながらも、「あんな（化学）肥料使いたくない、土があかんようになるで」と取り組んだ。できたもの100のうち、20は直売で、80は農協から市場に出した。が、農協に出すと化学肥料を使ったものとまぜこぜになってしまうのが悔しかった。ところが、"どこかでそういうのを売ってる店があったら買いに行くわ"、という消費者の一声で、「ほんならやるか」と始めたのが、「ファームビレッジ・さんさん」（平成13年）だった。
</p>

<p>
店を出した頃、新潟で米粉パンができ、米粉パンなら会員の3分2は稲作農家だからいくらでも作れる。パンを米で作るなら小麦を輸入せんでもいい、となってすぐ研究して始めたのが、全国で3番目の米粉パン用の釜だった。
</p>

<p>
蔵には古々米が積んであり、（国の）猫の目政策に困っていた時代に、小麦はとても安く、膨らむ。が、米はグルテンを入れてやらねばならず、製品コストが高いのがネックだった。が、思い切って始めた。
</p>

<h3>再出発のコンセプトは「自然の形で口の中へ」</h3>

<p>
「さんさん」を立ち上げるにあたり、一人10万円で33名の出資者で始めることになった。が、計2000万円かかり、足りない分は県の農林水産助成金で3分の1の700万円を、残りを5人のコアメンバーからの出資と個人からの借り入れで1300万円を用意した。
</p>

<p>
開店して1、2年、毎月人件費をつぎ込まなければならなかった。店の前には（ショッピングセンターの）ワイプラザがあるという厳しい立地だった。そういうところで、曲がっても有機だから、虫が食ってても有機だから...では、形が良くてきれいな野菜で教育されている消費者を振り向かせられない。
</p>

<p>
3年目には借金が3桁（百万円単位）になり、コアメンバーたちにやめるか、続けるかの決断を迫って続けることにした。そのときに決断したのが、ワイプラザがやってないことをやる、ワイプラザの商品と「さんさん」のを食べ比べてもらう、そうしておいしさを分かってもらおうと、出直しを図った。
</p>

<p>
出直しに当たり、これまでの責任の所在が不明確な任意組織を、責任を明確にする有限会社にした。法人設立時に出資者から代表を決めるにあたり、男ばかりの中で女性の見谷さんに最初の代表への要請があり、代表（現在は副代表）となった。
</p>

<p>
金がない中で、すべて切り詰めて、その名にちなんで平成17年3月3日にオープンした。
</p>

<p>
バイキングにしたのは、みんなの食材を使って料理するには、旬の食材はど～んとあるので、いろんなメニューで出して、「ふんだんに食べてもらいましょう」を合い言葉にした。<br />
調理は、化学調味料でなく、有機の調味料や出汁を使って、もう一度自然栽培のものをベロに戻すということで、店は「いちばん自然の形で口の中に入れる」をコンセプトに立ち上げた。
当時、福井ではバイキングはあかん、と言われたが、コンセプトを立ち上げたら、バイキングしかなかった。
</p>

<p>
文化性があればはずれない。「さんさん」は、農業の世界の文化をつくるか、守るか。何かが変わっていく中で、大切なものを作り上げていく、形作っていく課程になると思う。
　食育と植育が循環していくことで、心身共に満たされていく、という確信を持っている。そういう考えで関わってものごとを考えていくと、答えが出てくるようだ。
</p>

<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>市民と地域が主役の時代に - 2009年2月期</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/campus/200902.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2009://1.43</id>

    <published>2009-01-18T08:57:24Z</published>
    <updated>2009-01-18T11:17:43Z</updated>

    <summary> 住民と地域の自治・自立のためには、利益や効率優先ではなく、市民社会との関係を大...</summary>
    <author>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p>
<img src="../images/200902.jpg" alt="市民と地域が主役の時代に" width="500" height="233" />
</p>

<p>
住民と地域の自治・自立のためには、利益や効率優先ではなく、市民社会との関係を大事にするビジネスが求められるのではないでしょうか。コミュニティビジネスから、資本の力ではなく、協同の力を土台に地域に必要とされること、人の豊かな関係をきづいてくビジネスのありようを学んでいきます。
</p>

<h3>講義概要</h3>
<ul>
  <li>地元学概論・農村力デザイン実習</li>
  <li>変わる若者、変わる地域</li>
  <li><a href="http://www.c-nord.com/pdf/chirashi200902.pdf">日程の詳細および受講申込書はこちらからダウンロードできます。</a></li>
</ul>
　
<h3>日程</h3>
<ul>
  <li>平成２１年２月１３日（金）１４：００　～　２月１５日（日）１１：３０</li>
  <ul>
    <li>土の課「地域資源活用型惣菜店の起業～地域の農産物とおばちゃんの知恵を生かして～」（越前町織田　惣菜の店じんべえ）</li>
    <li>１日目夕方 人の課「夕食交流会」</li>
    <li>２日目　土の課「人・モノ・知恵を結んでつくるコミュニティ」～福井の農業者のネットワークづくりとファームビレッジさんさんの取り組みと今後～</li>
    <li>２日目 「地域や社会を支えるコミュニティビジネス」（片岡勝氏）</li>
    <li>２日目 「車座談義：起業者の事例に学ぶ」</li>
    <li>２日目夕方 人の課「夕食交流会」</li>
    <li>３日目美の課「農村力起業計画発表」（討議・発表）</li>
    <li>３日目（昼食）　※水海の田楽能舞の奉納があります。</li>
  </ul>
</ul>

<h3>場所</h3>
<ul>
  <li>越前町織田　惣菜の店じんべえ（初日のみ）</li>
  <li>池田町能楽の里文化交流会館</li>
  <li>ファームハウス・コムニタ（夕食・宿泊場所）</li>
</ul>

<h3>受講料</h3>
<ul>
  <li>定員まで聴講生を募集します。料金は１５，０００円です。</li>
  <li>１日のみの受講は、１日５，０００円です。</li>
</ul>

<h3>申込先</h3>
<p>
910-2524　福井県今立郡池田町稲荷３５－２－１<br />
　　　　　　　　日本農村力デザイン大学事務局<br />
　　　　　　　　電話 0778-44-8100　FAX　0778-44-7771<br />
　　　　　　　　mail ikeda@c-nord.com<br />
</p>　

<h2>講師紹介</h2>
<ul>
  <li>片岡勝 氏（市民バンク代表。一新塾代表理事）</li>
  <li>見谷春美　氏（(有)見谷ナーセリー専務取締役・(有)ファームビレッジさんさん副代表）</li>
</ul>

<h2>２月学期申込書（ＦＡＸ：0778-44-7771）</h2>
<p>
■お名前（　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　）<br />
■ご住所（〒　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　）<br />
■連絡先（携帯・ＴＥＬ　　　　　　　　　　ＦＡＸ　　　　　　　　　　　）<br />
■出席の状況<br />
１日目　講義（出／欠）<br />
　夕食（要／不要）<br />
　宿泊（要／不要）<br />
２日目　講義（出／欠）<br />
　昼食（要／不要）<br />
　講義（出／欠）<br />
　夕食（要／不要）<br />
　宿泊（要／不要）<br />
３日目　講義（出／欠）<br />
　昼食（要／不要）<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>講義抄録（11月）：農村力で支える地域・社会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/lecture/2008/20081103.html" />
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    <published>2008-12-01T15:44:42Z</published>
    <updated>2008-12-01T15:51:50Z</updated>

    <summary>甲斐良治さん （社）農文協の『増刊現代農業』が1988年に創刊以来、同誌に携わっ...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
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        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="甲斐良治" label="甲斐良治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p style="text-align:right;">甲斐良治さん</p>

<p>
（社）農文協の『増刊現代農業』が1988年に創刊以来、同誌に携わってこられて今日まで、農業・農村に軸足を置いて発信し続けてきた今日までを振り返りながら、現在の社会状況や「農」に取り組む新たな動き、問題や展望などをケースを交えながら講義していただきました。『増刊現代農業』が創刊された当時は、日本に農業はいらない。外国に比べ高い米をつくるくらいなら外国に頼るべき・・・。といった論争が声高だったそうです。そんな時代に、都会の人に農業・農村を分かってほしいとの思いで創刊されたとか。
</p>

<p>
創刊10年後の98年、「定年帰農」という言葉で、農への新たな動き、人々の意識の変化を見事に切り取る。そして今、農業・農村を守るより、農業・農村こそ、新しい生き方あるのではないか、というところから、講義は始まりました。
</p>

<h3>経済発展が招く貧困</h3>
<p>
「発展途上国」という言葉は、ハリー・S・トルーマン大統領（1945.1～53.1）が就任演説で「アメリカには新しい政策がある。未開発の国々に対して技術的経済的援助を行い、そして投資をして発展させる」以来の、アメリカ型グローバリズムを語るもの。
</p>

<p>
ディベロップのそもそもの意味は「ほどく」である。蕾が花開くことがディベロップ。赤ちゃんが大人になり、老いていくのもディベロップメント。（今日意味するような）すべてを右肩上がりの"成長"を意味するような用い方は、それまでなかった。
</p>

<p>
持続可能な開発・発展というが、もともと持続可能であって、初めて開発・発展がある。
</p>

<h3>未開発の国々の4種類の貧困</h3>
<ul>
 <li>① 伝統的な貧困　自給自足の社会。モノをあまり持たなくとも、それで満足「この程度でいい」。昭和20年～30年くらいまでの日本「びんぼう」</li>
 <li>② 絶対的貧困　飢餓、栄養失調、病気</li>
 <li>③ 関係としての貧困　金持ちのために、働かされる「労働者」の貧困</li>
 <li>④ 近代化された貧困　それまでなかったものが、「あればいい」から「ないと困る」ものに。「消費者」の貧困</li>
</ul>

<p>
ダグラス・ラミスは「近代化、成長、発展は①から③貧困から、④の貧困に人々を追い込むこと」と述べる。
</p>

<h3>アフリカの豊かさ</h3>

<p>
もっと発展すれば、どんどん豊かになると思っていたが、今、発展すれば公園のブルーシート（ホームレス）が増える。1980年代にはいなかった。もっと働いて発展したはずなのに、どうしてブルーシートは増えたのか。福井県立大学・杉村和彦先生は、アフリカ農村社会研究をした。アフリカではすべてを一緒につくる。アフリカは貧しいが、確かに豊かである。その特徴は
</p>

<ul>
 <li>小農：家族で人を使えず、使わずにやる農業</li>
 <li>焼畑：やらない時期は土地を休ませる。休暇農業―地力回復する</li>
 <li>混作：混ぜてつくる。</li>
 <li>牧農</li>
 <li>共食：わかちあって食べる</li>
 <li>モラルエコノミー：伝統的社を壊すような経済発展の仕方はしない。</li>
 <li>情の経済：婚資＝ポーチとしての山羊。家畜といってもほとんど役に立つかどうか分からない。一夫多妻の奥さんの結納、いざというとき、食べ物を分かち合ってくれる家族はどれくらいあるか。</li>
</ul>

<p>
＊今のエコノミーはインモラル・エコノミーで、不道徳経済<br />
混作を全部足すとアフリカのカロリーは高い。投下したエネルギーに対して、どれだけのエネルギーを得ているかといえば、欧米や日本より、アフリカのほうが効率はいい。
</p>

<p>
「緑の革命」は、肥料をたくさん使って量を取っても、エネルギー効率の低い世界に追いやる。援助が山羊に化けるような国には援助しないというが、アフリカは緑の革命の受け入れを拒否した。アジアは受け入れたが。最後に生きものが残るのはアフリカではないかという気さえする。
</p>

<h3>若者を呼び、若者に期待する</h3>

<p>
片品の桐山三智子さん<br />
炭アクセサリーを売りながら若い人を片品へ誘い、若い人が携わってくるようになった。炭アクセサリーはどんどん変化しても、お客の意見を取り入れて、つくる人、使う人の関係でなく、つくっている。グッドマザー・プロジェクトの先生は、当たりまえに暮らしをつくってきた人たち。地元の言葉で「あんねえ」たち。その、あんねえたちに例えば、桐山さんは、味噌作りの先生、かおりあんねえが熱い麹を素手で返すのを見て、「どうやったら素手で返せるの」と聞くと、「面の皮を厚くすることだ」とあんねえ。「どうやったら？」「心臓に毛を生やすことだ」とあんねえ。つまり、あんねえとのやりとりで、人の言うことに振り回されてはダメ、ということを学ぶのが、グッドマザーである。以下、桐山さんのケースは9月学期を参照。
</p>

<p>
島根県の海士町では、町長や役人が給与を削って、若い人が１～2年生活して、自分の暮らしをつくるのを手伝っている。
</p>

<p>
熊本県菊池市のNPO「キラリ水源村」の小林和彦（33歳）は、WOOF（ウーフ＝ワーキング・オーガニック・ファーム）という世界的に有機農業に関心のある若者を受け入れ、ウーフ農家になろうと呼びかけている。
</p>

<p>
菊池川の栗石を登校時に運んでつくった校舎。日本の農村は自分たちの金、材料、手を使って、子供たちの学校をつくった。そしていなくなったのが高度成長期。ずっと過疎だったわけではない。団塊の世代がいなくなったのが過疎。
</p>

<p>
村から出て行った団塊の世代が村に帰ってくるときに、村の木で家を作る運動をすれば、間伐すらせずに放置した世代が、持っている7兆円もの退職金をどう使うか。使い方の筋道を提案するのも、僕らの役目かもしれませんね、と言う。優柔不断な団塊の世代より、子供たちが見切りをつけることが起こり始めているのではないか。
</p>

<h3>1995年変化の軸</h3>

<p>
大学卒の進路が変わった。大卒者の傾向に大きな変化がおきた年。<br />
94年は「就職氷河期」、「価格破壊」という言葉が出た年であった。その前後に社会に出た若者を巡る環境が大きく変わって・・・。
</p>

<p>
95年は、非正規雇用が増加した。経団連は「新時代の日本型経営」を打ち出し、雇用形態を分類した。それまでは企業が働いている人にきちんと対価を払い、企業が企業の責任で仕事を教えるのが当たり前だった。が、働く前に自分や親の金でスキルを身につけろとなった。そして要らなくなったら捨てるという。もう企業はなにも教えてくれない。先輩も教えてくれない。となれば、おじいさんやおばあさんに教わったほうがいい。
</p>

<p>
95年以降、日本の暮らしは変わった。我々の食べ物をつくるのは中国の農民たち。95年時点では、業務用の外食は落ち込んでおり、代わって、家庭用が伸びている。95年には冷凍食品輸入が増え、つくっている大半が中国になった。40個298円、1個当たり7円45銭の餃子も中国。こうしたなかで餃子事件は起こった。
</p>

<p>
米は95年に食管法がなくなって、下がりに下がった。ミニマムアクセス米の輸入が始まった。<br />
95年はWTO（世界貿易機構）が発足した年でもある。
</p>

<p>
企業では役員と社員の給与格差が拡大した。社員は役員や株主のために働くことになった。企業の借金が減って、労働分配率が下がった。給料で渡さずとも、教育や医療に渡せばいいがそうはならなかった。これをやっているのがキューバであり、キューバのGDPは下から数えたほうが早いのに、医療が充実した。教育、医療、食べ物・・・・。みんなおかしくなった。農家が苦労した米を、茶碗１杯13円なんておかしい。
</p>

<h3>高千穂町で起きていること</h3>

<p>
宮崎県高千穂町岩戸五ケ村は、棚田を田んぼというが、その田んぼの上の方に町営の温泉「天岩戸温泉」をつくり、町の共同入浴施設にしている。村の70軒のうち、9人がその温泉茶屋で無人の販売を始めた。「温泉だけではもったいない」と。全員60歳を過ぎている。そんな彼らが卵を産まなくなった廃鶏と地粉でつくる、「地鶏うどん」450円と「地鶏そば」550円を始めた。昔はどこの家にもあった「うどん機」を持ってきて。また直売所で売れ残ったサツマイモを「もったいない」と言って、1個75円の「温泉団子」を売り出し、平成9年には7万個売れた。
</p>

<p>
伝統の神楽宿の持ち回りが負担になったので、夜神楽をやめようかとなったが、平成12年隣町の築130年の農村歌舞伎の師匠宅が解体されることを機に、自分たちで建て直し、常設の小屋にした。
</p>

<p>
「神庭（こうにわ）」。年に４～5回、33番ある神楽のうち、3～4番を見てもらうツアーをやった。年に1回は徹夜でやる。すると、2名だった神楽の舞い手（子供）も5名になり、米もつくれて家も建てられるので、自分たちの手で常設小屋を持ったことで、大工さんも加わり、すべてが兼業農家で「よい仲間」ができた。
</p>

<p>
平成17年「観月神楽」を開始。観月神楽は卑猥な舞を見せるもので、子供の頃は、こんな田舎は嫌だ、恥ずかしい、早く出たいと思っていた。その子供時代以来久しぶりに見てみると、いまでは「いいもんだなあ」と思えてくる。
</p>

<p>
宮崎の唄は「刈干し切り唄」を初め、すべて仕事の唄。ということは、仲間の唄ということでもある。唄が生まれるようでなければ、仲間が生まれるようでなければ、その仕事は、仕事ではなのではないか。
</p>

<p>
2005年の台風で鉄橋が決壊したことをニュースで見て、各地から若者が帰ってきた。その中で、すし屋の息子は『自由時間』という雑誌を出したり、何人かの若者が「高千穂こびる研究会」を始めた。若者が昔のこびるを今風にして発展させていこうというので、おじいさんやおばあさんが、若者の活動拠点に隣町から蔵を見つけてきて「千人の蔵プロジェクト」を立ち上げた。資金は500人分の食券前売りで調達した。
</p>

<p>
若い人たちは「貧乏上手」だ。貧乏であっても自分でつくる暮らしを始めている。<br />
貧乏は個性をつくる。金があると個性が死んで、ブランドと言う没個性になる。適度につくる暮らしが、自分らしい暮らし、強いては個性をつくる暮らしになる。これからの世界や日本には、ここ（個性をつくる暮らし）に希望がある。
</p>

<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>講義抄録（11月）：つくる暮らしを取り戻す「どっぽ村」プロジェクト</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/lecture/2008/20081102.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2008://1.41</id>

    <published>2008-12-01T15:40:24Z</published>
    <updated>2008-12-01T15:41:54Z</updated>

    <summary>清水陽介さん 滋賀県湖北町ではじめた「上山田どっぽ村プロジェクト」は、生まれも育...</summary>
    <author>
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    <category term="清水陽介" label="清水陽介" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p style="text-align:right;">清水陽介さん</p>

<p>
滋賀県湖北町ではじめた「上山田どっぽ村プロジェクト」は、生まれも育ちも上山田の「家もつくる農家」の松本茂夫さんと、長浜生まれで湖北町とは町ひとつ隔てた余呉町に住む「米もつくる大工」の清水陽介さんが始めた、自分の手でつくる暮らし、自分の暮らしは自分でつくる技と心と思想の"暮らしの場取り戻し"学校といったらいいのだろうか。
</p>

<p>
「手は宝」だ。手の能力を高めなくては。家をつくるのは決して難しくない。小さなものから挑戦すれば、自信がもてる。自分でつくれば愛着が持てる。大工任せにしないで、農家任せにしないで、衣食住の食住から、自分の生活を自分でつくる、新たな暮らしを始めよう、と、清水さんの熱っぽい授業は始まりました。
</p>

<p>
手仕事から農村の取り組みを、頭だけではだめ。
</p>

<p>
上山田は琵琶湖の北端にあり、北陸と関西をつなぐ、交通の要衝として発達してきた。いま、農村の力は衰えている。大工もメーカーに押されて仕事は少なくなっている。　清水さんは、「エコワークス」を個人の大工としてやっている。これに農業をやっている松本さんが参加して、「どっぽ村」を、07年から始めた。
</p>

<p>
自分が暮らしのために必要なものとして、建築は手間賃仕事で、他に農業をやっている。サラリーマン体験は10年くらいあるが性にあわない。
</p>

<h3>循環共生社会</h3>
<p>
暮らしには多様性があった。今は○か×のような、サラリーマンか否か、金を稼ぐことで推し量る。
</p>

<ul>
  <li>つくる／買う・選ぶ＝暮らしの多様性→循環共生社会</li>
</ul>

<p>
で、どっぽ村をつくる
</p>

<h4>人がつくるほうに移動して、つくるを大きくしたほうが良い。</h4>

<p>
農業や建築は、地域の首根っこを掴んでいる。いろんなことができる。
</p>

<p>
自転車の好きな清水さんは、中学・高校時代に自転車でほぼ日本一週をした。高卒後、大工の道に入り、いったん会社に勤めるが、再び自転車で4年かけてインドやヨーロッパ、アフリカなど世界を回ってきた。その経験を経て、一人旅は自分で判断して危機は自分で対処し、のがれるもの。「どっぽ」という言葉にのせて、自分の生き方の形態をつくっていったほうがよいのではないか、と提唱する。
</p>

<p>
手仕事で覚えたことを伝えれば、それでよい。農業も先人たちが耕した農地を誰かが継いで伝える、それでいいのではないか。大きなことに取り組もうとすると、立ち止まって考えてしまう。
</p>

<p>
マルかバツでどちらかに属してしまうのでなく、つくる、買う、程度がいい。その真ん中のかぎりなくあるグレーゾーンは職人の生きるスペースだ。大工である自分も、材料を買わなければならない消費者である。つくる人と買う人の両面を行き来している。どっぽ村は、大工を育てる学校でも、農業者を育てる学校でもない。受け皿をつくるから、自分で何とかしてください、という取り組みである。
</p>

<p>
長浜出身で、余呉町に住んで10年。住み始めて数年後には農業をやりだした。ハサ干し（天日干し）にやってこだわってる。冬はハサ柱が立っている風景がきれいで、美しい風景によく似合う。
</p>

<p>
あるとき、大学の建築出で大工仕事やったが、倉庫の整備を命じても進まない。杉と檜の見分けがつかない。半年で分かるようになったが、そのようなことは大学で教わってない。頭の知識と、現場の差がつくことを悟った。湖北地方は今、専業が多いが、かつては兼業が多かった。家も建てる農家が9割以上。農業もやる家が9割以上というかんじ。自分の暮らしは自分が手がけるのは、あたりまえだった。
</p>

<p>
自分が何をしたらいいか分からなくなった時期、たまたま自転車が好きで、日本も走り終え、地球を自転車で１周した。24歳のとき、サハラ砂漠にいた。
</p>

<p>
われわれの生活がキャパシティを超えるのではないか。どしたらいいのか。わからないまま旅をし続けた。農村の景色が違って見えるのでは。砂漠、白、茶、緑の景色・・・。
</p>

<p>
自分は旅人。住んでいる人は生活している。環境問題を考えるとき、その人を思いやることを、伝えなくてはならない。
上山田の田んぼと砂漠、どっちが豊かか、どっちにいたいのか。
</p>

<h4>どっぽ村は変わったおっちゃん2人がいればできる。</h4>
<p>
どっぽ村はここ（上山田）をよくすることを目的としない。ここでいろんなことが行われて、何を感じてもらうかだ。循環社会をつくることをやってみて、今の社会とどう関連するかやってみる。
</p>

<p>
どっぽ村には今3人の生徒がいて、来月もう一人来る。給料は月10万円出す。農業法人に属しており春から夏は農業をやり、あとは建築をする。1年目は月に25日働いて、2年目は20日、3年目は15日にして、3年間でできる力がついてくる。給料を上げると毎年2人予定していたが現在は4人なり、増えてくると清水さんたちがパンクしてしまう。続けなくてはならず、そのためには給料を上げず、働く日数を減らして10万円でなんとかしてもらう。3年目に月15日働き、残りの15日は自分で考えて使う。"どっぽ"なのだから。
</p>

<p>
まだ1年目で不安は残るが、自分たちでやりたい方向性を持ってくれれば、大学で４年間すごしたほどの内容はあろう。家を建てられる能力をつけてほしい。
</p>

<p>
10年間親元から通うと、300万円くらいたまる。小さな家なら建つ。ローンで人生縛られず、農業もやり、あとはサラリーマンやっても、だまされて3年間過ごしてくれればなんとかなる。生徒もうまく騙されないと行き詰る。
</p>

<h3>どっぽ村のワークショップ</h3>

<p>
何もないところに家を建てる準備作業を4日間で終えた。4日目に何もないところに家が建つ。（家なんて）手に負えないと思っていたものが、横に数人いれば建つ。
</p>

<p>
何もないところに、ちょっとだけ手伝いをすれば何とかなる。私は消費者という人は、家を建てるときは、あなたまかせ感覚になる。大事なのは愛着。大工が建てれば愛着はあるが、ダメなところは大工に文句を言う。自分が建てると、ダメなところは飲み込める。
</p>

<p>
直接建てると安心感がある。安心感とは、内容が分かっている安心感。自分で直せない不安が文句にもなる。自分はできないと思っているができる。できることが暮らしに結びついて、つくるになる。
</p>

<h3>「お手は宝や」</h3>

<p>
指先は10万分の1ミリを感知できる能力がある。パソコンはクリックのみ。刃先をきれいに切れるか、切れないか、手で感じることができる。手に能力がついてくる。
</p>

<p>
仕事ができる手か、そうでないかは、手に能力がついてくることでもある。<br />
昔住んでいたおばあちゃんが、発した言葉が「お手はお宝や」。手がなくては生活できず、藁仕事、保存食、・・・手作業がほとんど。手は宝とは、生活の中で生まれた言葉。自分でできることを、他人任せにできない。
</p>

<p>
いま多くの能力が削がれていく中で、自分の手を見てみて、この手で何かできるのか。なんか考えられるか。本には200も300も覚えることがあると書いてあるが、３つか４つ覚えれば、仕事には間があり、何とかなる。いっぺんに覚えてからスタートさせようとするのは無理。職人は「習うより慣れろ」である。自分のやってきた達成感が、自分を育てる。
</p>

<h3>もったいない。</h3>
<p>
「自由」は好き勝手なことではなくて、自由の由は「よりどころ」の意味である。自分のよりどころを持っているのが、自由ということだ。
よりどころは誰も教えてくれない。どっぽ村（の取り組み）もその一環。少なくとも自分がやれるという安心感が、人生にとって大きいのではないか。
</p>

<p>
雪が降ってダメなら、雪を楽しむ建て方もある、と考えるのは自分自身だ。<br />
例えば、移動式の家。暑いときの寒いときも２m×３m、畳3枚半の家をいくつか建てて住み始めた。人が来ると、食べる人の分が必要になる。そこで食べ物をつくる。土・日のみも可能で、その間、農業や建築をやれば生きられる。
</p>

<p>
サラリーマンで年金をもらいながら、米を買ったほうが安い。が、なぜ、そんなことをやるかと言えば、人間の原理的に湧いて来るものだと思う。
</p>

<h3>「結い」</h3>

<p>
結いというのは、本来、金が発生せず、労力を提供しあうもの。大工の仕事は、モノが大きい。が、結いでやれば、10人集まれば家は建つ。昔は大工の下働きをし、大工より上手い人もいた。今では、建築のあり方も変わってきた。大工の仕事も変わった。
</p>

<p>
農業も、個人の田植えができ、結いがなくなったのではないか。
</p>

<p>
都会生活者に田舎の魅力があって、田舎に暮らしてみて、でも、都会の便利さに帰ってしまう。田舎のよさは自然だ。いちばん大事なところを不便だ、ダメだというのは、もったいない。
</p>

<p>
都会は本当に便利か。上から見ると、大きなビルがびっしり建った都会は墓場に見える。田舎はさんご礁のようにきれい。川が血流のようで生き物がいるかんじだ。田舎は田舎のよさをアピールする。自分たちの生活をそのまま見てもらえばいい。
</p>


<h3>風の人</h3>

<p>
余呉は駅前でも店は１軒もない。コンビニエンスストアもない。あるとき、よそから来た人が食べ物を売っている店はないかと訪ねてきた。店はないので、今朝炊いたご飯をおにぎりにしてあげた。すると、後日、おにぎりはハムになって帰ってきた。
</p>

<p>
よそから来ていいと思うのは、自然のみではない。自然は変化がある。その中でできることを探して、それをするのが風の人ではないか。余呉町でいいのは、自分の仕事がこんなにいいのに、なんでやめていくのか、と思う。で、若い人に、伝えていくのが「どっぽ村」である。
</p>

<p>
農村もまた同じ。山の奥には猫の額くらいの小さな田んぼがある。それでもないと食えない時代があった。今、環境問題を抱え、どこまで続くか。自分の持てる能力でやる方法がいちばん、いいのではないか。
</p>

<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
</a>
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>講義抄録（11月）：大津屋の地域密着型の店作り</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.c-nord.com/lecture/2008/20081101.html" />
    <id>tag:www.c-nord.com,2008://1.40</id>

    <published>2008-12-01T14:57:30Z</published>
    <updated>2008-12-01T15:29:05Z</updated>

    <summary> 2008年11月学期の初日は、いつもと趣を変えて、福井市内に集合。まずはこの日...</summary>
    <author>
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    </author>
    
        <category term="2008年度" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="小川明彦" label="小川明彦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.c-nord.com/">
        <![CDATA[<p>
2008年11月学期の初日は、いつもと趣を変えて、福井市内に集合。まずはこの日の講師・小川明彦（大津屋社長）さんが展開する、コンビニエンスストア内のお惣菜バイキングで各自昼食を摂ることから始まり、昼食後は大津屋さんの教育事業の拠点、オレボ・ビズスクールの教室で小川さんの講義とケースメソッド授業などをしていただきました。2日目午前の部は、池田のいつもの教室で、滋賀県の湖北職人村で「どっぽ村」プロジェクトを手がける清水陽介さんに自分の手でつくる生活について熱い講義をしていただきました。手は宝、手に能力をつければ、家を建てることなど難しいことじゃない┈┈、日常生活の様々なことを手放してきている私たちの暮らしや生き方が、問い直されました。続いて、午後の部は、『増刊現代農業』編集主幹の甲斐良治さん。貧困問題や食糧危機など閉塞感いっぱいの社会状況のなかで、10年くらい前から農業・農村にこそ新しい生き方があるのではないかと実感されている甲斐さんは、若者が農業・農村に新たな生きがいを見つけ出している現実から、将来への希望を語っていただきました。
</p>


<h2>地域を支え、地域に支えられる仕事をつくる</h2>
<h3>大津屋の地域密着型の店作り</h3>

<p style="text-align:right;">小川明彦さん</p>

<p>
ファミリー・ビジネスすなわち同族会社で、100年以上続いている会社は、日本には3万数千社あり、アメリカには約800社、ヨーロッパは全部併せて3千社くらいということで、日本はファミリー・ビジネスの先進国と言えるようです。
</p>

<p>
大津屋は1573年創業、以来430年余、江戸時代から続いてきた造り酒屋でしたが、コンビニエンスストアに業態を変えて成功した会社です。
</p>

<p>
造り酒屋からの歴史は、30年前に小売りの酒店へ、そして酒店を廃業して昭和56年に福井県初のコンビニエンスストア「オレンジＢＯＸおおつや」開店へと舵を切り、平成6年には「米飯・酒の肴大津屋」をショッピングセンター・ベル内に開店、さらに同12年酒の肴専門店「これがうまいんじゃ・オレボキッチン」エルパ開店、同16年全国初のダイニングコンビニ「オレボステーション」フェニックス店開店、そして昨年には教育事業「Orebo　Biz　School」を開設し、小売業から人材養成へと将来への道を拓いてきました。
</p>

<p>
今回は、小川さんの事業展開とその考え方を教えていただきました。
</p>

<h3>地域の小売業とは</h3>
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30年前、酒の小売専業に転じたときは、町は年寄りが多くなり、酒屋だけでは商売が成り立ちにくい時代となっていた。ご用聞きに家庭を回っても、（団塊の世代が世帯主になって呼ばれていた）「ニューファミリー」は、どこも留守となった。仕入担当との癒着など閉鎖的な業界に業務用酒販店は行き詰まり、一般家庭向け販売も限界にきていた。
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54年、大学を卒業した小川さんは、従来の手間暇かけた売り方から、お客に来てもらい現金で購入してもらう分5%引きで売ろうという奇策を実践し、同業組合から呼び出しを受けたりしながら、従来にない積極策を展開していった。
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売りに行ってもだめ、買いに来てもらうしかない。店頭に缶ビールの自販機を置けば店内にはお客は入ってこず、日商3万円を売るのがせいぜい。しかも、その内2万5千円が自販機による売り上げだった。日商30万円売るにはどうすれば・・・。
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<p>福井初のコンビニ「オレンジBOX」はこうした行き詰まりの中から生まれた。みかん箱１つから始める初心を忘れないために、名付けられた店名だという。大型のフランチャイズには加盟せず、独自の道を選択した。独自の店は100軒に1軒しか成功せずと言われたが、これを「100軒に1軒は成功するんだ！」と小川さんは読んだ。
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日商30万円を目標にしたが、結果は8万円⋯⋯。
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当時を振り返って「コンビニエンスストアと言っても、（当時はその）文化がなかった」そのために自分のポケットマネー50万円を福井テレビの知人に預け、CMを流してくれるように頼み込んだ。制作費はほとんど只みたいな15秒CMを、放映時間を最も視聴率のいいプロ野球ニュースの時間に1本1万円で50本流してもらった。すると売上げはたちまちよくなり、日商は30万円くらいまで上がった。
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オレンジＢＯＸは平成2年までに福井市内に5店舗と進展し、福井初のPOS(point of sales＝販売時点管理)やEOS(electronic ordering system＝補充受発注システム)を構築し、本部システムや物流体制を整えていった。24時間営業やおでんを主力を売ったり、酒類販売免許を獲得するなどもしていった。
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が一方では、大手の参入で競合も厳しくなっていった。<br />
そのとき、店頭で〝小さな実験〞を試みた。家庭で使うホットプレートを店に持ち込み、これでマルちゃんの3食焼きそばを何も入れずにただ焼いて、添付されている粉末ソースで味付けするだけのものを売ってみると、売れに売れた。続いて、レトルトカレーやカツ丼などを、店内調理の実験みたいにやった。
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この手応えをもって、主婦の厳しい目に耐えられるものに挑戦した。ショッピングセンター「ベル」への出店は、板前やコックなどのプロは入れずに、あくまで厳しい主婦の要望に応え、磨き続けることを目指していった。そうした、お客の声を聞きながら、これに応えていくやり方は昔から酒屋時代に、ご用聞きで培った、身についたものであるという。この姿勢というか、やりかたは、その後に引き継がれ、店員の耳は常にお客へと向けられ、次なる商品開発につなげていっているという。
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また「オレボステーション」は、コンビニにおにぎりや弁当を買いに来た客が、コンビニ前の駐車場の車の中で買ったものを食べている光景を見て、（買ったものをそこで食べられる）こんな店があったらいいな、というところからつくった。普通の家のダイニング・テーブルや照明があって、ゆっくりくつろいで食べられるような。
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<h3>当時、何を考えていたのか</h3>
<h4>ファミリー・ビジネスのイノベーション</h4>
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  <li>既存事業はこのまま継続できるのか。いつまでできるのか。</li>
  <li>自分の足で動いて、目で見たことを肌感覚で感じと取り、次世代のチャンスをつくりだす</li>
  <li>コンビニエンスストアが流行りそうだ。が、意思決定はない。今がチャンスだ。</li>
  <li>既存事業の元気なうちに新規事業を軌道に乗せる（数年の赤字は覚悟する）。</li>
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<h4>なぜ、新規事業は赤字になるか。</h4>
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利益＝売上×利益率×経費　となるが、利益も、利益率も、経費も、すべて分からない。分かるのは、契約時に決定する家賃ぐらい。新規事業の利益とは分からないもののかけ算である。赤字が出る間は、既存事業が元気なうちはいい。既存事業が赤字では、赤字の積み重ねになる。既存事業で稼いでいるときに、新規事業を立ち上げる。
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目先の利益より、社会的な利益が大事
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<h3>教育事業へ</h3>
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少子高齢化になると、ほとんどのビジネスは売り上げが下がる。モノは無くなると取り合い、無いと欲しくなる。それは人の取り合いにもなる。中小企業はいい人材が取れなくなる。付加価値を生み出す優秀な人材を生み出して、派遣するビジネス。既存事業との相乗効果でシナジー効果が生まれる。ということで、平成19年から始めた。資金、顧客、ノウハウ、不動産、店（物件）、情報などはいずれも陳腐化したり、なくなったりする。頼りないもの。それより、信用、人材が大事。
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「組織として教育哲学を持つこと」ということを、次世代に伝える使命感を感じる。
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<h4>就職支援セミナー</h4>
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足羽高校の女子がかていの事情で大学進学をあきらめきれず、このまま就職するには、と迷いはじめて、オレボスクールへ来た。希望の就職先と交渉し、オレボスクールに3ヶ月通った後の彼女の対応を、会社の人材教育として認めてもらい、希望が通った。通常、面接して採用しただけでは、3年以内に、高校生は半分辞め、大学生は35％、短大生は40%辞める。で、会社側は3年で半分やめるなら教育なんかせず、こき使ってやると考える。
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高校生がなぜそんなに辞めるかと言えば、第一希望の就職先に入るのは3分の1、さらに3分の1は第二希望へ、残りの3分の1のうち約30%は特に希望してない、15%は無理矢理入れられる。という実情がある。
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<h4>ディスカッション授業</h4>

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受講生から問題点や答えを引き出し、ディスカッションへともっていく。
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その場合、ケースメソッドとレクチャー型を繰り返していく。ディスカッションは、自由に何でもあり、ひらめき・思いつきＯＫ，追加・修正・否定あり、但し、勇気を持って礼節を持って言う、寛容の精神で受ける。
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大事なのはプロセスを感じてもらうこと。その人なりに理解してもらうこと。<br />
従来の先生がいて、教科書があって、参考書や問題集があって、テストをし、採点するという入試のようなやり方は、あらかじめ解き方、答え方があってテクニックの競争になり、決められることはできるが、新しいことはできない。企業もまた同じ。ケースメソッドの場合は、自分が課題の当事者になったつもりで、自分だったらどうするかを、グループで話し合う。
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ということで、あらかじめ出された「宿題」。宅配専門の店を任された岡田店長が抱える、問題をまずはグループでディスカッションし、その後、各自が岡田店長になって各自自由に発言していく。教師は議論の助成役として、発言を促し、対案を出したり、出させる。
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具体的な内容は割愛します。
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<p style="text-align:right;"><a href="http://www.c-nord.com/koshi/itoyoko.html">文責・伊藤
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