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講義抄録(11月):農村力で支える地域・社会

甲斐良治さん

(社)農文協の『増刊現代農業』が1988年に創刊以来、同誌に携わってこられて今日まで、農業・農村に軸足を置いて発信し続けてきた今日までを振り返りながら、現在の社会状況や「農」に取り組む新たな動き、問題や展望などをケースを交えながら講義していただきました。『増刊現代農業』が創刊された当時は、日本に農業はいらない。外国に比べ高い米をつくるくらいなら外国に頼るべき・・・。といった論争が声高だったそうです。そんな時代に、都会の人に農業・農村を分かってほしいとの思いで創刊されたとか。

創刊10年後の98年、「定年帰農」という言葉で、農への新たな動き、人々の意識の変化を見事に切り取る。そして今、農業・農村を守るより、農業・農村こそ、新しい生き方あるのではないか、というところから、講義は始まりました。

経済発展が招く貧困

「発展途上国」という言葉は、ハリー・S・トルーマン大統領(1945.1~53.1)が就任演説で「アメリカには新しい政策がある。未開発の国々に対して技術的経済的援助を行い、そして投資をして発展させる」以来の、アメリカ型グローバリズムを語るもの。

ディベロップのそもそもの意味は「ほどく」である。蕾が花開くことがディベロップ。赤ちゃんが大人になり、老いていくのもディベロップメント。(今日意味するような)すべてを右肩上がりの"成長"を意味するような用い方は、それまでなかった。

持続可能な開発・発展というが、もともと持続可能であって、初めて開発・発展がある。

未開発の国々の4種類の貧困

  • ① 伝統的な貧困 自給自足の社会。モノをあまり持たなくとも、それで満足「この程度でいい」。昭和20年~30年くらいまでの日本「びんぼう」
  • ② 絶対的貧困 飢餓、栄養失調、病気
  • ③ 関係としての貧困 金持ちのために、働かされる「労働者」の貧困
  • ④ 近代化された貧困 それまでなかったものが、「あればいい」から「ないと困る」ものに。「消費者」の貧困

ダグラス・ラミスは「近代化、成長、発展は①から③貧困から、④の貧困に人々を追い込むこと」と述べる。

アフリカの豊かさ

もっと発展すれば、どんどん豊かになると思っていたが、今、発展すれば公園のブルーシート(ホームレス)が増える。1980年代にはいなかった。もっと働いて発展したはずなのに、どうしてブルーシートは増えたのか。福井県立大学・杉村和彦先生は、アフリカ農村社会研究をした。アフリカではすべてを一緒につくる。アフリカは貧しいが、確かに豊かである。その特徴は

  • 小農:家族で人を使えず、使わずにやる農業
  • 焼畑:やらない時期は土地を休ませる。休暇農業―地力回復する
  • 混作:混ぜてつくる。
  • 牧農
  • 共食:わかちあって食べる
  • モラルエコノミー:伝統的社を壊すような経済発展の仕方はしない。
  • 情の経済:婚資=ポーチとしての山羊。家畜といってもほとんど役に立つかどうか分からない。一夫多妻の奥さんの結納、いざというとき、食べ物を分かち合ってくれる家族はどれくらいあるか。

*今のエコノミーはインモラル・エコノミーで、不道徳経済
混作を全部足すとアフリカのカロリーは高い。投下したエネルギーに対して、どれだけのエネルギーを得ているかといえば、欧米や日本より、アフリカのほうが効率はいい。

「緑の革命」は、肥料をたくさん使って量を取っても、エネルギー効率の低い世界に追いやる。援助が山羊に化けるような国には援助しないというが、アフリカは緑の革命の受け入れを拒否した。アジアは受け入れたが。最後に生きものが残るのはアフリカではないかという気さえする。

若者を呼び、若者に期待する

片品の桐山三智子さん
炭アクセサリーを売りながら若い人を片品へ誘い、若い人が携わってくるようになった。炭アクセサリーはどんどん変化しても、お客の意見を取り入れて、つくる人、使う人の関係でなく、つくっている。グッドマザー・プロジェクトの先生は、当たりまえに暮らしをつくってきた人たち。地元の言葉で「あんねえ」たち。その、あんねえたちに例えば、桐山さんは、味噌作りの先生、かおりあんねえが熱い麹を素手で返すのを見て、「どうやったら素手で返せるの」と聞くと、「面の皮を厚くすることだ」とあんねえ。「どうやったら?」「心臓に毛を生やすことだ」とあんねえ。つまり、あんねえとのやりとりで、人の言うことに振り回されてはダメ、ということを学ぶのが、グッドマザーである。以下、桐山さんのケースは9月学期を参照。

島根県の海士町では、町長や役人が給与を削って、若い人が1~2年生活して、自分の暮らしをつくるのを手伝っている。

熊本県菊池市のNPO「キラリ水源村」の小林和彦(33歳)は、WOOF(ウーフ=ワーキング・オーガニック・ファーム)という世界的に有機農業に関心のある若者を受け入れ、ウーフ農家になろうと呼びかけている。

菊池川の栗石を登校時に運んでつくった校舎。日本の農村は自分たちの金、材料、手を使って、子供たちの学校をつくった。そしていなくなったのが高度成長期。ずっと過疎だったわけではない。団塊の世代がいなくなったのが過疎。

村から出て行った団塊の世代が村に帰ってくるときに、村の木で家を作る運動をすれば、間伐すらせずに放置した世代が、持っている7兆円もの退職金をどう使うか。使い方の筋道を提案するのも、僕らの役目かもしれませんね、と言う。優柔不断な団塊の世代より、子供たちが見切りをつけることが起こり始めているのではないか。

1995年変化の軸

大学卒の進路が変わった。大卒者の傾向に大きな変化がおきた年。
94年は「就職氷河期」、「価格破壊」という言葉が出た年であった。その前後に社会に出た若者を巡る環境が大きく変わって・・・。

95年は、非正規雇用が増加した。経団連は「新時代の日本型経営」を打ち出し、雇用形態を分類した。それまでは企業が働いている人にきちんと対価を払い、企業が企業の責任で仕事を教えるのが当たり前だった。が、働く前に自分や親の金でスキルを身につけろとなった。そして要らなくなったら捨てるという。もう企業はなにも教えてくれない。先輩も教えてくれない。となれば、おじいさんやおばあさんに教わったほうがいい。

95年以降、日本の暮らしは変わった。我々の食べ物をつくるのは中国の農民たち。95年時点では、業務用の外食は落ち込んでおり、代わって、家庭用が伸びている。95年には冷凍食品輸入が増え、つくっている大半が中国になった。40個298円、1個当たり7円45銭の餃子も中国。こうしたなかで餃子事件は起こった。

米は95年に食管法がなくなって、下がりに下がった。ミニマムアクセス米の輸入が始まった。
95年はWTO(世界貿易機構)が発足した年でもある。

企業では役員と社員の給与格差が拡大した。社員は役員や株主のために働くことになった。企業の借金が減って、労働分配率が下がった。給料で渡さずとも、教育や医療に渡せばいいがそうはならなかった。これをやっているのがキューバであり、キューバのGDPは下から数えたほうが早いのに、医療が充実した。教育、医療、食べ物・・・・。みんなおかしくなった。農家が苦労した米を、茶碗1杯13円なんておかしい。

高千穂町で起きていること

宮崎県高千穂町岩戸五ケ村は、棚田を田んぼというが、その田んぼの上の方に町営の温泉「天岩戸温泉」をつくり、町の共同入浴施設にしている。村の70軒のうち、9人がその温泉茶屋で無人の販売を始めた。「温泉だけではもったいない」と。全員60歳を過ぎている。そんな彼らが卵を産まなくなった廃鶏と地粉でつくる、「地鶏うどん」450円と「地鶏そば」550円を始めた。昔はどこの家にもあった「うどん機」を持ってきて。また直売所で売れ残ったサツマイモを「もったいない」と言って、1個75円の「温泉団子」を売り出し、平成9年には7万個売れた。

伝統の神楽宿の持ち回りが負担になったので、夜神楽をやめようかとなったが、平成12年隣町の築130年の農村歌舞伎の師匠宅が解体されることを機に、自分たちで建て直し、常設の小屋にした。

「神庭(こうにわ)」。年に4~5回、33番ある神楽のうち、3~4番を見てもらうツアーをやった。年に1回は徹夜でやる。すると、2名だった神楽の舞い手(子供)も5名になり、米もつくれて家も建てられるので、自分たちの手で常設小屋を持ったことで、大工さんも加わり、すべてが兼業農家で「よい仲間」ができた。

平成17年「観月神楽」を開始。観月神楽は卑猥な舞を見せるもので、子供の頃は、こんな田舎は嫌だ、恥ずかしい、早く出たいと思っていた。その子供時代以来久しぶりに見てみると、いまでは「いいもんだなあ」と思えてくる。

宮崎の唄は「刈干し切り唄」を初め、すべて仕事の唄。ということは、仲間の唄ということでもある。唄が生まれるようでなければ、仲間が生まれるようでなければ、その仕事は、仕事ではなのではないか。

2005年の台風で鉄橋が決壊したことをニュースで見て、各地から若者が帰ってきた。その中で、すし屋の息子は『自由時間』という雑誌を出したり、何人かの若者が「高千穂こびる研究会」を始めた。若者が昔のこびるを今風にして発展させていこうというので、おじいさんやおばあさんが、若者の活動拠点に隣町から蔵を見つけてきて「千人の蔵プロジェクト」を立ち上げた。資金は500人分の食券前売りで調達した。

若い人たちは「貧乏上手」だ。貧乏であっても自分でつくる暮らしを始めている。
貧乏は個性をつくる。金があると個性が死んで、ブランドと言う没個性になる。適度につくる暮らしが、自分らしい暮らし、強いては個性をつくる暮らしになる。これからの世界や日本には、ここ(個性をつくる暮らし)に希望がある。

文責・伊藤

日時: 2008年12月 2日 00:44
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